覚悟(前編)
「いや、まぁいいや。そんで?そのパシリが何?」
「…」
そう聞くと、怜奈はやはりまた何か言いにくそうにもじもじとして俯いてしまう。
何をそんなに躊躇う必要があるのだろうか、と和仁は疑問に思うが、生憎女性が喋り難そうにしているのを強制させるような趣味はないので、怜奈が言い出すまで待つことにした。
よっぽど言いづらいことなのか、と和仁が注文したジュースのストローを咥えた時だった。
怜奈が俯いたままぽつり、と声を漏らしたのを聞いて、和仁はストローを咥えたまま怜奈を眺めた。
「そいつ、九条と待ち合わせしてたって言ってた。」
その一言に和仁はようやくそのパシリが誰か察した。
「九条はそいつが罰ゲームで最近虎組に来たって言ってた。けど、おかしいじゃん。ただのパシリを馬鹿にしただけで、あんなに怒る?」
うすら笑った口からストローを外すと、和仁は頬杖を付くような形を取りながら掌で口元を隠した。
怜奈の声がどこか震えているのにこの顔は不謹慎だ、と珍しく気を利かせた。しかし口角は上がる一方だ。
そんな和仁に気が付くはずもなく、怜奈は淡々と話し続ける。
「それで、ちょっと気が付いたの。」
「うん。」
「カズくん、土曜にテレビ出てたよね。」
「うん?」
脈絡無く話しを振られ、和仁はきょとんと目を丸くした。
おふざけのつもりで出たテレビ効果はここで初めて日の目を見たか、とどこか感慨にふける一方で、それが何か関係あるのか、と思う。
「そこでさ、カズ君、言ってたじゃん。」
「なに?」
「九条、恋人がいるって。」
瞬間、和仁は体中に鳥肌が立つような感覚に襲われた。
それは一瞬にして身体中を駆け巡り、和仁の口元に益々弧を描かせる。
それを懸命に隠し、和仁は大声で笑い出したい衝動に駆られながらなんとか押さえ込むと、怜奈をまじまじと見詰めた。
彼女はこれから自分が何を言うのか自身でも判断が付かず狼狽しているのが見て取れたし「それ」が怜奈の思うように「まともな事でなはい」と言う事を示唆している。
それでも、と怜奈は口を開いた。
その表情は、今から自分がとんでもない事を口走ろうとしている恐怖がまざまざと表れていた。
「万が一、多分、絶対にないと思うんだけど。でも、」
それを眺めて、和仁はニコ、と笑う。
「その恋人って、その…男、じゃない、よね?」
それを聞いた和仁は、うっとりとして怜奈の絶望したような顔を眺めた。
自分でも信じられない言葉を発して、その言葉を全面的に否定される事を望んでいる。
あぁ、どうしてこの子はこんなに賢いのだろう。
与えられた情報だけできちんと的確な答えを導き出してくる、と和仁は涙が出そうなほど感動していた。
「(ねえ怜奈チャン…オレ、聡い子はだーーーいすきなのよ。)」
和仁は満面の笑みを浮かべながら、静かに口を開いた。
「和田さん遅いっす!!」
「うるっせえな…。おめぇらが早いんだろ…。」
ぎゃんぎゃんと騒ぐ三浦の声に耳を塞ぎながら軽くあしらう和田を目の前にして、隆平は予期せぬ事態に硬直していた。
「(な、なんで和田宗一郎が…!!)」
思ってもいない助け舟に、隆平は困惑の色を濃く顔に出してしまっていた。
そして硬直したまま動けずにいると、和田が掴んだままだった小山の腕を静かに離したのが見えた。
それから和田は隆平の頭の上にその大きな手を載せると、長身を少し屈めて顔を覗き込んでくる。
「怪我してねぇな。」
和田の問いかけに呆気に取られたままの隆平が素直に頷くと、和田はよし、と軽く頭を叩いて背を伸ばす。
「オレは殴られたっすけど…」という三浦の訴えに「おめぇはいいんだよ」とその頭を軽く小突いた。
それから和田は一つため息を付き、辺りを見回すと呆れたように一声漏らす。
「寄ってたかって、こんなちっちぇの相手にしてんじゃねーよ。」
その言葉に驚愕で目を見開く不良達は、どこか都合が悪そうに頭を掻いたり、視線を逸らしたりする者が見受けられた。
「おら、とっとと散れ。」
そんな連中に容赦なく和田がひらひらと手を返すと、ざわつきながらも隆平と三浦の周りから人の波が引く。
その後、集中する視線を全く気にした様子もなく、和田は隆平と三浦の腕をそれぞれ取って、何事もなかった様にいつもの席へと移動していった。
その行動に唖然とした虎組一同だったが、流石に和田には逆らえないらしく、不服そうにしながらもそのまま各々の場所へと座り込む。
未だに小山が苦々しげな顔をしながらこちらを睨んでくることに気が付いて、隆平は思わず視線を向けるが、和田に「気にすんな」と諭されて、とりあえず弁当を広げた。
が、なぜか当然の如く和田も隆平の目の前に座り込み昼食を採り始めたのである。
「(なぜだぁああああ!)」
助けて貰っておいてなんだが、こちらの方も相当怖い方でらっしゃるんですが、なぜ当たり前のようにおれと楽しくランチタイムを過ごそうとしてるんでしょうか、と隆平は石のように固まる。
隆平の箸が全く進んでいないことに気が付いた三浦が、隆平を覗き込む様にして声を掛けてきた。
「…」
そう聞くと、怜奈はやはりまた何か言いにくそうにもじもじとして俯いてしまう。
何をそんなに躊躇う必要があるのだろうか、と和仁は疑問に思うが、生憎女性が喋り難そうにしているのを強制させるような趣味はないので、怜奈が言い出すまで待つことにした。
よっぽど言いづらいことなのか、と和仁が注文したジュースのストローを咥えた時だった。
怜奈が俯いたままぽつり、と声を漏らしたのを聞いて、和仁はストローを咥えたまま怜奈を眺めた。
「そいつ、九条と待ち合わせしてたって言ってた。」
その一言に和仁はようやくそのパシリが誰か察した。
「九条はそいつが罰ゲームで最近虎組に来たって言ってた。けど、おかしいじゃん。ただのパシリを馬鹿にしただけで、あんなに怒る?」
うすら笑った口からストローを外すと、和仁は頬杖を付くような形を取りながら掌で口元を隠した。
怜奈の声がどこか震えているのにこの顔は不謹慎だ、と珍しく気を利かせた。しかし口角は上がる一方だ。
そんな和仁に気が付くはずもなく、怜奈は淡々と話し続ける。
「それで、ちょっと気が付いたの。」
「うん。」
「カズくん、土曜にテレビ出てたよね。」
「うん?」
脈絡無く話しを振られ、和仁はきょとんと目を丸くした。
おふざけのつもりで出たテレビ効果はここで初めて日の目を見たか、とどこか感慨にふける一方で、それが何か関係あるのか、と思う。
「そこでさ、カズ君、言ってたじゃん。」
「なに?」
「九条、恋人がいるって。」
瞬間、和仁は体中に鳥肌が立つような感覚に襲われた。
それは一瞬にして身体中を駆け巡り、和仁の口元に益々弧を描かせる。
それを懸命に隠し、和仁は大声で笑い出したい衝動に駆られながらなんとか押さえ込むと、怜奈をまじまじと見詰めた。
彼女はこれから自分が何を言うのか自身でも判断が付かず狼狽しているのが見て取れたし「それ」が怜奈の思うように「まともな事でなはい」と言う事を示唆している。
それでも、と怜奈は口を開いた。
その表情は、今から自分がとんでもない事を口走ろうとしている恐怖がまざまざと表れていた。
「万が一、多分、絶対にないと思うんだけど。でも、」
それを眺めて、和仁はニコ、と笑う。
「その恋人って、その…男、じゃない、よね?」
それを聞いた和仁は、うっとりとして怜奈の絶望したような顔を眺めた。
自分でも信じられない言葉を発して、その言葉を全面的に否定される事を望んでいる。
あぁ、どうしてこの子はこんなに賢いのだろう。
与えられた情報だけできちんと的確な答えを導き出してくる、と和仁は涙が出そうなほど感動していた。
「(ねえ怜奈チャン…オレ、聡い子はだーーーいすきなのよ。)」
和仁は満面の笑みを浮かべながら、静かに口を開いた。
「和田さん遅いっす!!」
「うるっせえな…。おめぇらが早いんだろ…。」
ぎゃんぎゃんと騒ぐ三浦の声に耳を塞ぎながら軽くあしらう和田を目の前にして、隆平は予期せぬ事態に硬直していた。
「(な、なんで和田宗一郎が…!!)」
思ってもいない助け舟に、隆平は困惑の色を濃く顔に出してしまっていた。
そして硬直したまま動けずにいると、和田が掴んだままだった小山の腕を静かに離したのが見えた。
それから和田は隆平の頭の上にその大きな手を載せると、長身を少し屈めて顔を覗き込んでくる。
「怪我してねぇな。」
和田の問いかけに呆気に取られたままの隆平が素直に頷くと、和田はよし、と軽く頭を叩いて背を伸ばす。
「オレは殴られたっすけど…」という三浦の訴えに「おめぇはいいんだよ」とその頭を軽く小突いた。
それから和田は一つため息を付き、辺りを見回すと呆れたように一声漏らす。
「寄ってたかって、こんなちっちぇの相手にしてんじゃねーよ。」
その言葉に驚愕で目を見開く不良達は、どこか都合が悪そうに頭を掻いたり、視線を逸らしたりする者が見受けられた。
「おら、とっとと散れ。」
そんな連中に容赦なく和田がひらひらと手を返すと、ざわつきながらも隆平と三浦の周りから人の波が引く。
その後、集中する視線を全く気にした様子もなく、和田は隆平と三浦の腕をそれぞれ取って、何事もなかった様にいつもの席へと移動していった。
その行動に唖然とした虎組一同だったが、流石に和田には逆らえないらしく、不服そうにしながらもそのまま各々の場所へと座り込む。
未だに小山が苦々しげな顔をしながらこちらを睨んでくることに気が付いて、隆平は思わず視線を向けるが、和田に「気にすんな」と諭されて、とりあえず弁当を広げた。
が、なぜか当然の如く和田も隆平の目の前に座り込み昼食を採り始めたのである。
「(なぜだぁああああ!)」
助けて貰っておいてなんだが、こちらの方も相当怖い方でらっしゃるんですが、なぜ当たり前のようにおれと楽しくランチタイムを過ごそうとしてるんでしょうか、と隆平は石のように固まる。
隆平の箸が全く進んでいないことに気が付いた三浦が、隆平を覗き込む様にして声を掛けてきた。