覚悟(前編)

くすのき怜奈れなは九条の一番の女だ。

「頭良し」、「性格良し」、「顔良し」、「スタイル良し」、「器量良し」という五つ星ランクの最高級に良い女だ。
今まで胸ばかりに栄養を取られたような女ばかりを手当たり次第に食っていた九条には、勿体ない位の上玉だ、と和仁は常々思っていた。

九条とは女性の趣味が異なる和仁も、一度で良いから味わってみたいと、会う度口説いては断られるのが常だ。
俗に言う変態プレイが趣味の和仁がノーマルプレイで構わないから、と折れるくらいには入れ込む価値のある女だった。

確かに身体云々のこともあるが、彼女は「賢い」のだ。
そこら辺の遊んでいる女とは違い、派手な外見からは想像もつかない程、中身がしっかりとしている。
そういった所がまた和仁の気に入る所でもあり、その節度ある行動一つ一つが、現在の地位を確立させていることは言うまでもない。紛れもなく本人の努力の賜物だ。

その彼女に呼び出されるとは、和仁も少々意外だったが、なんとなく察しはついていた。

「何か相談ごと?」

気を使って声のボリュームを少し落として問いかけると、怜奈は表情を曇らせながら、小さくこくりと頷いた。
その大きな瞳を伏し目がちにして、長い睫毛が揺れる。

「あの、土曜の…。九条のことなんだけど…。」

そう言われて和仁はきょとん、とした。
あぁ、そういえば九条はこの子のために千葉君に殴られたんだっけ、と和仁はボンヤリと思い出した。

「あ、そういえば九条と桜町で予定あったんでしょ?オレ等が騒動起こしちゃったから飲み会が潰れちゃったんだよね。」

「ごめんね」と謝ると、怜奈は無言で首を横に振った。

話に聞くところによると九条はその後、なんと怜奈と麻里を連れ立って帰ったというではないか。
抗争が終わり、三浦が隆平を駅に送ろうと手を引いて行った矢先、慶介に届いた怜奈からのメールで、九条が怜奈達を送る、という衝撃の事実が発覚したのである。

それが全く持って九条らしかぬ行動だっただけに、千葉君効果か、とその時は思わず笑ってしまった。
しかしそれならばなぜこの少女はこんなに陰気な顔をして相談事を持ち掛けてくる必要があるのだろう、と和仁は首を傾げる。
彼女達にとっては、愛しい九条が優しく接してくれて嬉しいものではないのだろうか。

「何?もしかして土曜の九条がいやに優しくてちょっとキモかったとか?」

優しい九条を想像して、思わず吹き出した和仁がおどけてみせると、怜奈はまた首を横に振った。

「違う。」

その顔がどこか恐怖の色を帯びていて、和仁はおや?と少々目を細めた。

「…麻里が、切られたの…。」

その消え入りそうな声を出した怜奈の言葉に、和仁は麻里、と心の中で呟いた。
一瞬考えてから、あぁ、あのいかにも九条好みの巨乳ちゃんか、と思い出した。男の夢として一度は埋もれたい形の良い胸。だが胸の印象が大き過ぎて、肝心の顔が出てこない。
それを外に出さない様にして、頭の中は巨乳でいっぱいのまま、和仁はふぅん、と答えた。

「何か、九条の気に障るようなことでも?」

何も珍しい事ではなかった。
大体九条がセフレとの縁を切るという理由は、彼の機嫌を損ねたというのが通例だ。
問いかけると怜奈は、黙って顔を上げて和仁の顔を見詰めた。
それから何か口を開きかけて、一瞬躊躇うような顔をしたが、覚悟を決めたのか話し出す。

「…その。今から話すこと…。ちょっと、てかかなり変かもしれないんだけど…。」

「うんうん。」

「九条が麻里を切ったのは、麻里が九条のパシリ君のことを言ったからなんだけど。」

「パシリ?」

「知らない?」

怜奈の言葉に何だそりゃ、と和仁が首を傾げた。
九条の言うことを何でも聞く奴、という意味で言えば、虎組の大半のメンバーはパシリと言っても良いが、和仁の知る限りで「九条のパシリ」と代名詞の付く輩は思い浮かばない。
誰だろう、と思案しながら、さらに何でそのパシリの話をして女を切り捨てるのか上手く繋がらず和仁は怪訝な顔をしたが、とりあえず怜奈の話の続きを促した。
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