覚悟(前編)

そんな隆平に気が付いたのか、一人の不良がニヤニヤと笑いながら三浦の後ろに押し込まれた隆平に近づく。

「ざーんねん。和仁さんは今日はお出かけ。それに九条さんは朝から来てねぇんだよ。」

「だから、今日は俺らの相手をしてちょーだいね。」

そう言って茶髪の不良の腕がにゅ、と伸びてきて、三浦の後ろに隠れていた隆平の肩を掴む。
それに「ひっ」と息を飲んだ隆平は情けないことに思わず目の前の三浦に助けを求めるようにその服の裾をぎゅ、と握ってしまった。
その瞬間三浦が素早く掴まれていた手からから逃れ、隆平と不良の間に滑り込むようにして割り入った。
それから隆平の肩に置いてあった手を無理矢理引き剥がして、鋭い目付きで周りの不良に威嚇をする様に睨み付けた。
三浦が引き剥がした手を無言のまま弾くようにして放ると、座っていた不良達が一斉に立ち上がった。

隆平が危惧していた通り、どうやら虎組の皆様を怒らせてしまったらしい。

隆平を背に隠した三浦はジリジリと屋上の扉に近付くが、素早く行く手を塞がれて、二人は三十人ばかりの不良に完全に囲まれてしまった。

「ば、万事休す…」

既に失神しそうな程に青ざめて、白く剥かれた目でぼそりと隆平が呟くと、三浦が「バンジー急須?」と聞き返してくる。
そのとぼけた質問をしてきた三浦に、隆平は涙目になりながら「絶対絶命のことだよ…」と消え入りそうな声で言った。
そのコントの様なやり取りも束の間。

三浦の顔がバシ、という音と共に横にはたかれたのを見て、隆平の身体がビクッと大袈裟に揺れた。

二人のやり取りを見ていた不良が不意に三浦の顔面を一発殴ったのだ。
そのいきなりの事態に、隆平の目は衝撃に大きく見開かれた。
殴った黒い髪の不良は、眉間に皺を寄せて三浦を静かに見下ろしている。

「なぁ。ふざけんなら二人だけじゃなくて、俺らも仲間に入れて頂戴よ。」

殴られた三浦は黙ったまま、その不良に顔を向けた。
三浦の腕を掴んだ隆平を、三浦は後ろ手で押さえるようにして、グッ、と自分の背に完全に隠すと目の前の不良の双眼を見据える。
その瞳に揺らぎはない。
それを見た黒髪の不良は愉快そうに笑うと、三浦の頭を掴みながら顔を近づける。

「なぁ三浦。それなんの芝居だよ。正義の味方ごっこか?」

ニヤニヤと笑う男を三浦の肩越しで見ながら、隆平はこの顔にも見覚えがある、と頭の片隅から記憶を引っ張り出した。

一番最初に教室におれを迎えに来た奴の一人だ。
こいつも有名な虎組も幹部。

名前は確か、小山おやま

喧嘩の強さと残忍さでは群を抜いて有名な男だった。
こんな奴に一年坊主二人が適うはずがない。
思わず身震いをしてしまい、それに気が付いた三浦が震えた隆平の手を優しく握り締めて、隆平はハッとする。

大丈夫、と言われた様な気がして、瞬間、目頭がカァーっと熱くなった。

そうしている内に、問いかけに答えない三浦に痺れを切らした小山が顔を歪めて笑んだのを三浦の背中越しに見て、隆平はゾク、と背中に冷たいものが走る。

「喋んないなら喋りたい様にしてやろーか。」

そう言って振り上げられた腕を見ながら、隆平は三浦の背中から出ると、逆に三浦を庇うようにして咄嗟に前に出た。

「!!」

それに目を見開いた三浦が咄嗟に隆平の腕を引いたが間に合わず、隆平の頭に拳が振り下ろされた、

かのように見えた。


咄嗟の事で目を閉じる間もなかった隆平は、目の前に止まった拳から風圧がふわり、と自分の前髪を揺らしたのを感じて、頭の中が真っ白になる。
それから思い出したかのように瞬きを一回すると、瞬間的にザーッと全身の血の気が引いて行くような感覚に襲われた。

「そこまでな。」

落ち着いた声がして、隆平の顔から拳が離される。
頭上から降ってきた聞きなれない声を不思議に思って、隆平が思わず後ろを仰ぎ見ると、そこには煙草を銜えながら小山の腕を掴んだ銀髪の青年の姿があった。

「あ…!!」

その見覚えのある姿に周りがざわざわと騒ぎ出す。
後ろから隆平を庇うように片手で抱き締めていた三浦は、その青年の登場にふぅー、と長いため息を吐き出し、安堵したように全身の力を抜いた。

そう、それは。

「おい、なんの真似だ、和田。」

腕を掴まれた小山が苦々しく言った言葉を無視し、和田は隆平に向かって「よう」と挨拶をくれる。
その対応に隆平は涙目だったを目を再び白く剥かせた。







昼下がりの町はとても退屈だ、と和仁はいつも思う。
きだる気にゲームセンターやカラオケ、麻雀などの興じる連中はどこか生気がなく、絡もうにも然程面白いとも思えない。

やはり町へ来るのは夜がいい、と和仁は往来を行きかう人ごみを眺めながらジュースのストローを噛んだ。

そんな真昼間の町へやってきたのには訳がある。
先ほど珍しい人物から電話があったかと思えば、いきなりここへ呼び出されたのだ。
指定されたファーストフード店に一人でいると逆ナンが絶えない。
話しかけてくる女の子達に口元を緩めさせながら、和仁は残念そうに甘い誘惑を断って、女の子達を見送った。

「(だって、今待ち合わせをしている子に失礼じゃんねぇ。)」

そうぼんやりと考えながら、目の前に近寄って来た少女を見据えて、和仁は蕩けるような笑顔で笑った。
彼女は少し硬い顔をして和仁の向いに座りながら「ごめんね、いきなり。」と謝罪を口にした。
形の良いピンク色の唇がふる、と揺れるのを見てやっぱイイなぁ、と和仁は笑う。

「ぜーんぜん。こんな美女からのお呼び出しなんて光栄も光栄よ。それで、どうしたの?怜奈チャン。」

優しい声色で尋ねられて、強張らせた表情を少しだけ崩し、ようやく怜奈はふわ、と笑った。
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