覚悟(前編)




明けない夜はない。

誰がどんな風に昨日を過ごそうとも、変わらず明日はやって来る。
静寂の闇に身を任せて、ひっそりと息を潜めるように隠れていても、いつかは陽光の元に照らされる。
明日を待ち遠しく思う者にも、そうでない者にも、それは平等に訪れる。

それゆえに、誰しもがその陽光を浴びて立ち上がり、前に進むための覚悟を決めなければならない。





騒がしかった週末が過ぎて、普段通りの日々がまた始まろうとしている。
和仁は布団から顔をだし、大きなあくびをした。


大江和仁の朝は遅い。

まず目が覚めてケータイを確認すると六時。
それから布団を手繰り寄せながら幸せそうに二度寝をする。

大体二時間ほど浅い眠りを楽しむと、ようやくノロノロと起床する。
そして家族に遅めの朝の挨拶をした後、洗顔して歯を磨いて、昨晩コンビニで買って来た菓子パンを開ける。
朝ドラを見ながら食事を済ませ、そこら辺にあるシャツを適当に着込むと髪の毛をちょっとだけセットして身だしなみ完了。
そしてカバンの中に友達から借りたエロ本を突っ込んだ上に、御礼に自分のおススメ無修正AVを何本か突っ込む。

すごく良いよ!!といつも自信満々で貸すのだが、渡した瞬間にパッケージを見た友人が青い顔をして「トラウマになる」と押し返して来るのが常だった。

だが用済みとなったそのAVをこっそりと九条や和田の鞄に仕込んで置けば、それでまた楽しい事態になるのでとりあえず持っていく。
愉快犯は笑いのために小道具の準備は常に怠らない。
それから他にごちゃごちゃと鞄の中に秘密道具を詰め込んで肩に担ぐと玄関を出る。

「うわあ、いい天気。」

そう呟きながら悠々と歩き出す。朝方よりも高くなった太陽の光を浴びながら、和仁は軽い足取りで住宅街を突進んでゆく。

また和仁にとって愉快な一日が始まる。







「憂鬱だ…」

例の如く朝から机の上で突っ伏した隆平を眺めながら康高はパソコンのスイッチを入れた。

「憂鬱なのはせめて顔だけにしておけよ。」

そう言って、康高は青白い顔をして目の下に隈のできた隆平を見ながら淡々と言い放つ。

昨日よりも隆平の頬が若干こけているように見え、康高は憐憫れんびんの眼差しを向けた。
昨日の朝の時点で彼の顔色はそんなに悪くなかったはずだが、今朝の隆平はこの世の終わりのような顔をして、目を真赤に充血させている。

どうやら康高の家から帰宅した際、母親にこってりと絞られたようだ。

「ひでえ…なんでそんなひでえこと言えるんだよ。少しくらい心配してくれたっていいんじゃない⁉︎」

「だからと言って周りに不幸を撒き散すな。迷惑だろ。」

そう言って康高が軽く隆平の頭を叩いてやると、彼はわぁああ!!と泣き叫びながら康高に飛びついた。

「だって聞いてくれよ康高ぁああああ!!」

「聞いてやろう。一万でいいぞ。」

「わぁああ!!鬼!!悪魔!!眼鏡!!」

そう言ってぎゃあぎゃあと隆平が騒ぐが、クラスメイトは気にも留めない様子だ。
いつもどおりの教室。
いつもどおりのクラスメイト。
見慣れたいつもの月曜日だ。


隆平が土曜日の事件のことを康高へ打ち明けたのは、日曜の朝食の後だった。
一晩経って落ち着いたのか、隆平は淡々と土曜の詳細を話始めた。
そして、康高の中で空白だった虎組と梶原達の抗争の全容が明らかになっていった。

勿論、計画首謀者の康高は抗争までの経緯などは把握していた。
また抗争が終わったその日のうちに梶原から詳しい報告が届いていたが、隆平の目線からの印象や、実際に虎組とどういった交渉をしたかなど、新たに知る事は多かった。

しかし両者の報告で流石の康高も目を点にさせたのは、やはり隆平が九条を二度に渡り殴ったことだった。

康高は思わず目の前の隆平を触って怪我をしていないか確かめたほどだ。
そして「なぜ殴ったのか」という康高の質問に、隆平は「別に」と答えただけで、それ以上の収穫はない。
一方、梶原からは「九条が連れていた女の子のため。」という報告を康高は受けている。
よく知りもしない女のためにわざわざ九条を殴りに戦場に赴いたというのだ。

「馬鹿が。自分から仲を悪化させるような事をしてどうするんだ。」

「いや。最初っから最悪なのにこれ以上どこが悪くなるってんだよ。」

隆平にしてはもっともな返答に、康高は顔を顰める事になった。
だが、どちらの話を聞いても康高には腑に落ちない点がある。

九条の行動だ。
これは隆平と梶原の報告を聞いても不明な点が多い。
また掌を返したように急に態度を変えた和田宗一郎と、三浦春樹の存在。
これには、康高も厳しい顔を見せた。
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