決戦後

完全に乾かしていなかったのか、まだ少し濡れている隆平の髪をすくようにして撫でる。
そんな自分に苦笑した康高は、呟くようにして言葉を発した。

「隆平」

「うん」

「…よく頑張ったな」

「…うん」

そうして、僅かに康高の掌に頭を擦り付けるようにして、隆平が笑った。
康高の焦るような感情は、どこかに消えてしまっていた。










隣で寝息を立てる隆平の横顔を、康高は息を潜めて眺めていた。

ひどく無防備で幼い。その顔をぼんやりと眺める。

月明かりが隆平の頬を照らしている。
眼鏡が無いため、輪郭がはっきりとしない。
だが、これでちょうど良いと康高は思っていた。
今、世界中で自分だけがこの寝顔を見ている。
この無防備な寝顔を知っている。それだけで十分だった。

とりわけ可愛らしい寝顔ではない事は知っている。
きっと涎も垂れている。
だが、それらが全て愛おしいと思う。
守りたいと思う。


だが隆平への気持ちを自覚してからは膨らむ一方で、守りたい余りに空回りする事もあった。

それは、今回も同じだ。
隆平を大事に思う余りに空回って、取り乱した。

それほどにこの少年が大事だった。
こうして隣に居るだけで、驚くほど穏やかになれる。
だが、だからこそ康高は不安だった。守りたい、というのは嘘ではない。

しかし果たしてそれだけで良いのだろうか。

自分がこいつのためにしてやれることはなんだ。


「隆平」


隣で眠る少年の名を、小さく口にする。

なんと表現したらいいのか分からない。
溢れかえる愛しさが思わず一筋目から零れた。


「隆平」


康高の声は、静かな部屋に溶ける。
だがその想いは消えることなく康高の胸に灯り続けて、彼の心に燻り続けた。







つづく。
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