決戦後
「なんだお前、家に帰ったんじゃないのか。それとも家が消えてたか?」
電話越しでも分かるくらい康高が嫌そうに声のトーンを落とすと、隆平がグス、と鼻をすする音が聞こえた。
『門限破っておんだされたんだよ…』
その声には覇気が感じられず、ほとほと困り果てた様に聞こえて、康高はハァ、とため息をつく。
隆平の母親が目を吊り上げて怒る姿がいとも容易く想像できて、康高は不謹慎にも笑ってしまった。なるほどこのままだと隆平は寒空の下、家の軒下で夜露を凌ぐしかなくなる。
夏ならば放っておいたが、晩秋の候、特に最近は夜冷え込む事が多くなってきた。
「佳織さんなら、恐らくあと数十分したらこっそり鍵を開けとくと思うけどな。」
「そうだと思うよ⁉このままマジで締め出されたら虐待ですからね⁉でも無理!もう待てない!人恋しい!康高に会いたい!」
隆平の口説き文句に康高はまんざらでもなく「仕方無い」と渋々と承諾をした。
それを聞いた隆平は「やったぁ康高!!大好き!!!」と言って電話越しで妙なリップ音をさせる。
それに怪訝な顔をした康高はため息をつく。
「人の気も知らないでのん気な奴だ。」
『え、あ、ごめん、もしかして今忙しかった?男子高校生の夜は長いよな、色々と…。』
「…五分以内に来ないと玄関前で寝る事になるからな。」
そう言うと焦る様な隆平の声が聞こえ、それを無視した康高は一方的に電話を切った。
「(本当に、人の気も知らないで。)」
そうため息をついた康高は、父と母に隆平が泊まりに来るという事を告げに、暗い部屋を後にした。
切れたケータイを見詰めながら「何怒ってんだよ」と唇を尖らせながら隆平は人差し指で画面を弾く。
それからようやく寝床にありつけた事に安堵の表情をすると、自宅の玄関前からソロソロと離れて垣根を越えた。
「隆ちゃん。」
一般道に出ようと垣根の低い所を飛び越えると、不意に名前を呼ばれて隆平は驚いてビクッと身体を強張らせる。
そうしてゆっくりと振り返ると、二回のベランダからパジャマを着た紗希の姿を確認して、隆平はほーっと息をついた。
それから再び垣根を越えて庭に入るとベランダの下へと近づく。
その隆平に少しでも近づこうと紗希がしゃがんで下を覗き込んだのを観て、隆平は笑った。
「大丈夫?隆ちゃん」
心配そうにした紗希の顔を見て、隆平は小声で「大丈夫」と笑った。
紗希は肩にタオルを掛けて、髪がつやつやと濡れている。
風呂に入っていたのだろう。
おれもゆっくり風呂に入りたい、と隆平が遠い目をしていると、紗希が早口で問いかけてくる。
「どこ行くの?あともうちょっとしたらお母さんが玄関の鍵開けるよ?」
「いや、今日は康高ん家に泊まることにした。なんか一人じゃ悶々と考えちゃいそうだから。お母さん達に言っといて。」
「お母さん余計怒るんじゃない?」
「もークタクタなんだ。康高の顔見て安心したい。」
そっか、わかった、と頷いた紗希に「サンキュ」と再び笑うと、紗希が少し声を落として隆平に尋ねた。
「ねぇ、喧嘩したの?怪我してない?」
そう言った紗希の顔が少し辛そうな顔をしていて、隆平は慌てて頷いた。
「大丈夫!!喧嘩ってもおれ、何もされてないし、心配すんなって!!」
「ほんと?」
「ほんと!!大丈夫だよ!!元気過ぎて今ならベランダよじ登れる位だし!!」
そうおちゃらけて笑ってやると、「よかった」とつられて紗希がふわっと笑った。
その紗希の笑顔にホッとした隆平は「そういえば」と紗希を見上げた。
「お前今日、康高ん家行ったんだよな。」
「うん、行ったよ。」
「…な、何もされなかっただろうな…。」
怪訝な顔をする隆平に、紗希はきょとんと目を瞬かせ、それから堪えきれないように「あるわけないじゃん」と笑い出した。
「ばか、心配したんだろうが!!可愛い妹が男の家に遊びに行って何かされたらだなぁ」
そう叫んだ隆平は、ハッとして辺りをキョロキョロと見渡すと、大きな声を出してしまった事を若干恥じながら、少し赤くなった頬をぽりぽりと掻く。
そんな隆平に紗希はくすくすと笑った。
「変な想像しないでよね。」
そう言われてぐ、と言葉を詰まらせる隆平に紗希は微笑んだ。
「安心して。なんにもされてないよ。」
そう言った紗希に、隆平は「当たり前だ」と頷いてフン、と鼻を鳴らした。
何だかんだ言って心配してくれる隆平に、紗希は顔が熱くなるのを感じる。
きっと今日あった事は自分に話してくれることはないだろう、と紗希はわかっている。
そしておそらく康高は聞くことができるのだろう、と思うとやはり悔しさが残るが、それでも隆平の顔を見れて安心がじんわりと心の中に広がる。
「それじゃ、おれ行くから。紗希も家に入れよ。髪濡れたまんまじゃ風邪ひくぞ。でもお前の顔みたら安心した。」
言いながら元来た道を隆平が辿っていくのを見ながら紗希はその後姿に声をかけた。
「隆ちゃん」
呼ぶと、隆平はやはり振り向いてくれて、その隆平に手を振ると紗希は「おやすみ」と呟いた。すると隆平もにこ、と笑って「あぁ、おやすみ」と答えて暗闇の住宅街に消えていった。
「5分以内って言ったはずだけど?」
「馬鹿言うなよ…歩いて何分かかると思ってんだこの野郎。」
紗希と別れてから、隆平は全力疾走で比企家に辿り着いた。
うっかり紗希と話して康高が言った時間を10分もオーバーしてしまっていたが、こんなタイトなスケジュールでは紗希と話さなくても間に合うはずはない。
だからつい比企家の玄関先でニヤニヤとしながら待っていた康高に悪態をつくと康高がほぉ、と口角を持ち上げる。
電話越しでも分かるくらい康高が嫌そうに声のトーンを落とすと、隆平がグス、と鼻をすする音が聞こえた。
『門限破っておんだされたんだよ…』
その声には覇気が感じられず、ほとほと困り果てた様に聞こえて、康高はハァ、とため息をつく。
隆平の母親が目を吊り上げて怒る姿がいとも容易く想像できて、康高は不謹慎にも笑ってしまった。なるほどこのままだと隆平は寒空の下、家の軒下で夜露を凌ぐしかなくなる。
夏ならば放っておいたが、晩秋の候、特に最近は夜冷え込む事が多くなってきた。
「佳織さんなら、恐らくあと数十分したらこっそり鍵を開けとくと思うけどな。」
「そうだと思うよ⁉このままマジで締め出されたら虐待ですからね⁉でも無理!もう待てない!人恋しい!康高に会いたい!」
隆平の口説き文句に康高はまんざらでもなく「仕方無い」と渋々と承諾をした。
それを聞いた隆平は「やったぁ康高!!大好き!!!」と言って電話越しで妙なリップ音をさせる。
それに怪訝な顔をした康高はため息をつく。
「人の気も知らないでのん気な奴だ。」
『え、あ、ごめん、もしかして今忙しかった?男子高校生の夜は長いよな、色々と…。』
「…五分以内に来ないと玄関前で寝る事になるからな。」
そう言うと焦る様な隆平の声が聞こえ、それを無視した康高は一方的に電話を切った。
「(本当に、人の気も知らないで。)」
そうため息をついた康高は、父と母に隆平が泊まりに来るという事を告げに、暗い部屋を後にした。
切れたケータイを見詰めながら「何怒ってんだよ」と唇を尖らせながら隆平は人差し指で画面を弾く。
それからようやく寝床にありつけた事に安堵の表情をすると、自宅の玄関前からソロソロと離れて垣根を越えた。
「隆ちゃん。」
一般道に出ようと垣根の低い所を飛び越えると、不意に名前を呼ばれて隆平は驚いてビクッと身体を強張らせる。
そうしてゆっくりと振り返ると、二回のベランダからパジャマを着た紗希の姿を確認して、隆平はほーっと息をついた。
それから再び垣根を越えて庭に入るとベランダの下へと近づく。
その隆平に少しでも近づこうと紗希がしゃがんで下を覗き込んだのを観て、隆平は笑った。
「大丈夫?隆ちゃん」
心配そうにした紗希の顔を見て、隆平は小声で「大丈夫」と笑った。
紗希は肩にタオルを掛けて、髪がつやつやと濡れている。
風呂に入っていたのだろう。
おれもゆっくり風呂に入りたい、と隆平が遠い目をしていると、紗希が早口で問いかけてくる。
「どこ行くの?あともうちょっとしたらお母さんが玄関の鍵開けるよ?」
「いや、今日は康高ん家に泊まることにした。なんか一人じゃ悶々と考えちゃいそうだから。お母さん達に言っといて。」
「お母さん余計怒るんじゃない?」
「もークタクタなんだ。康高の顔見て安心したい。」
そっか、わかった、と頷いた紗希に「サンキュ」と再び笑うと、紗希が少し声を落として隆平に尋ねた。
「ねぇ、喧嘩したの?怪我してない?」
そう言った紗希の顔が少し辛そうな顔をしていて、隆平は慌てて頷いた。
「大丈夫!!喧嘩ってもおれ、何もされてないし、心配すんなって!!」
「ほんと?」
「ほんと!!大丈夫だよ!!元気過ぎて今ならベランダよじ登れる位だし!!」
そうおちゃらけて笑ってやると、「よかった」とつられて紗希がふわっと笑った。
その紗希の笑顔にホッとした隆平は「そういえば」と紗希を見上げた。
「お前今日、康高ん家行ったんだよな。」
「うん、行ったよ。」
「…な、何もされなかっただろうな…。」
怪訝な顔をする隆平に、紗希はきょとんと目を瞬かせ、それから堪えきれないように「あるわけないじゃん」と笑い出した。
「ばか、心配したんだろうが!!可愛い妹が男の家に遊びに行って何かされたらだなぁ」
そう叫んだ隆平は、ハッとして辺りをキョロキョロと見渡すと、大きな声を出してしまった事を若干恥じながら、少し赤くなった頬をぽりぽりと掻く。
そんな隆平に紗希はくすくすと笑った。
「変な想像しないでよね。」
そう言われてぐ、と言葉を詰まらせる隆平に紗希は微笑んだ。
「安心して。なんにもされてないよ。」
そう言った紗希に、隆平は「当たり前だ」と頷いてフン、と鼻を鳴らした。
何だかんだ言って心配してくれる隆平に、紗希は顔が熱くなるのを感じる。
きっと今日あった事は自分に話してくれることはないだろう、と紗希はわかっている。
そしておそらく康高は聞くことができるのだろう、と思うとやはり悔しさが残るが、それでも隆平の顔を見れて安心がじんわりと心の中に広がる。
「それじゃ、おれ行くから。紗希も家に入れよ。髪濡れたまんまじゃ風邪ひくぞ。でもお前の顔みたら安心した。」
言いながら元来た道を隆平が辿っていくのを見ながら紗希はその後姿に声をかけた。
「隆ちゃん」
呼ぶと、隆平はやはり振り向いてくれて、その隆平に手を振ると紗希は「おやすみ」と呟いた。すると隆平もにこ、と笑って「あぁ、おやすみ」と答えて暗闇の住宅街に消えていった。
「5分以内って言ったはずだけど?」
「馬鹿言うなよ…歩いて何分かかると思ってんだこの野郎。」
紗希と別れてから、隆平は全力疾走で比企家に辿り着いた。
うっかり紗希と話して康高が言った時間を10分もオーバーしてしまっていたが、こんなタイトなスケジュールでは紗希と話さなくても間に合うはずはない。
だからつい比企家の玄関先でニヤニヤとしながら待っていた康高に悪態をつくと康高がほぉ、と口角を持ち上げる。