決戦後




電車から降り、見慣れた夜道を隆平はトボトボと歩く。
長く続く住宅街の道路にポツポツと灯る街灯の下まで来て、隆平は不意に足を止めた。

緊張感をそのままmに拳を作っていた手のひらをようやくほどいて、それから一つはぁ、とため息を吐いた。

「(疲れた。)」

家に帰ったらすぐに寝てしまいたい。
それなのに頭の中はまるでグチャグチャに様々な事が複雑に絡み合って、隆平の思考を蝕んでいく。

「(結局おれ、今日何しに行ったんだっけ。)」

洪水の様に押し寄せる疑問に頭が混乱しそうだった。
散らかった思考で一瞬眩暈を覚えた隆平は、近所の犬の遠吠えにどきり、とする。
考えても仕方がないのは分かっている。

だが結局今日あの場所で十時間近く経って得たものはなんなのだろうか、と隆平はボンヤリと考えながらまたノロノロと歩み始めた。

今日の行動に果たして意味があったのか、全く見出せずにいた。

そうしてようやく見慣れた我が家に辿り着くと、洩れているオレンジ色の明かりに泣きたくなるほどホッとして、隆平は玄関のドアを開けた。

「ただい」

「遅いっ!!」

「ぎゃ!!!」

突如雷の様な鋭い声が頭上から降ってきたと思う間もなく、顔面に凄まじい衝撃が走る。
それがまだ完治していない鼻に直撃して、隆平は玄関先でその鈍い痛みに声も無く悶え転げた。

「そして甘い!!敵はどこから襲ってくるか分からないわよ!!」

涙目で鼻を押さ視線を上げると、そこには両手に枕を持ち、寝巻き姿で顔に美容パックをつけた母が仁王立ちで立っていた。
それに怪訝な顔をして、隆平が自分の足元を見ると、先ほど母が投げつけたらしい枕が転がっていた。
それを苦々しい顔で拾い上げ、隆平は黙って靴を脱いで上がろうとする。

「ストップ。誰が家に入って良いって言いましたか。」

「へ」

そう冷ややかな言葉をかけられて、隆平は母親に視線を向けた。
母は隣で控えていた父に枕を手渡し、代わりに時計を受け取る。常々思うがその意味不明な連携プレーは何なのだろう。
そう胡乱な目で両親を見ると、佳織が時計の秒針を目で追いながら低い声で隆平に問いかけて来た。

「今、何時だと思っているのかしら。隆平くんは」

そう言って、時計を眺める母の顔を見た隆平は、ハッと、青ざめた。
まさか、とカバンからケータイを取り出すと急いで画面を表示させる。
そしてデジタルで表示されている時刻を見て、隆平は身を硬くした。

「ご、午後十時、です…。」

そこには間違いなく「10:00」と表示されており、隆平は自分の声が裏返った事も気に留めず、すがる様な瞳で後ろに控えた父親を見たが、父は二つの枕を抱えたままツーンとしていた。

「家訓第72条。高校生の帰宅時間は最低何時だったでしょう。」

パックから覗く双方の目がギラギラとしていて、隆平は思わず涙ぐんだ。
いつも間抜けな顔だと思っていたがパックをした母が、今では犬神家の一族のように恐ろしい。
そんな母に促されるようにして隆平は震える口で答えた。

「く、九時です…。」

答えた途端、隆平はあっけ無く玄関の外へと追いやられた。
勢いで尻餅をついた隆平は閉められたドアに向かって叫ぶ。

「わぁあごめんなさいお母さん!!でも今日はどうか見逃して!!おれ今ひどく憔悴していて直ぐに寝ないと死んじゃうかも!!」

「こんな時間までほっつき歩いてたらそりゃ憔悴するわよ!!この不良息子!!煙草!?お酒!?それとも女なの!?」

ドア越しに聞こえる声に隆平は近所迷惑も顧みず思わず叫んだ。

「やめて‼あと女って表現が生生しすぎる!!」

「最近テレビでは連日少年犯罪の報道!!まさか加担なんかしてないでしょうねアンタ!!万引きレイプ殺人事件!!!」

「するかぁああ!!!」

「殴り合いの喧嘩!!」

「…」

そう言われた瞬間、隆平の脳裏に九条の顔が横切り、一瞬口籠ってしまったのを、母は聞き逃さなかった。
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