決戦後

「でも、お前、悪い奴じゃねーじゃん。」

「へ?」

呆けた隆平に、三浦は幼い顔で拗ねたような顔をした。

「ほんと言うとさ、おめーの事、もっと暗くて、つまんなくて、ヤな奴だと思ってたから。」

そう言われて、隆平はいや、その通りだ、と思った。
しかし、三浦は隆平の意図を全く汲み取らずに困った様に笑った。

「でもさっき九条先輩を殴った理由聞いて、なんか思ってたのと違って、勝手にオレがヤな奴って決め付けてたみてぇ。」

「…。」

「だから、えっと。なんっつたらいいのかな。」

ポリポリと鼻の頭を掻いて、三浦は目を逸らして懸命に言葉を捜す様にして眉間に皺を寄せると、隆平の掌をぎゅっと握った。

「ごめんな。」

え、と声を上げると、三浦は隆平の顔を見て答えた。

「だから、今までお前の事よくしらねーのに、やな事してその、悪かった。」

「ごめん」と言って振り返りながら謝る三浦に、いつの間にか近づいた観覧車の装飾に照らされて眩しくて、隆平は何か毒気を抜かれた様な気持ちで、ポカンとしてしまう。

「いい奴だと思うんだ。お前は。」

三浦の言葉に、隆平は思わずどこが?と問いたくなった。一体自分の何がそんなに三浦の心に訴えかけたのか隆平には分からない。

ただ、面と向かって「いい奴」なんて言われたのは初めてで、一体どこが、何が「いい奴」の基準に当て嵌まったのかも分からないまま、隆平は思わず俯いて増えていく人混みを引かれるままに付いて行く。

それからは何も答えられなかった。

「(いい奴って、なんだ?)」

溢れ返るカップル達を追い越しながら引かれる腕を眺めたまま、よく分からないが、腕に触れる温もりが、なんだか今の自分には相応しくないような気がして、隆平は少しだけ泣きそうになった。


そうしている間に駅に着き、隆平は無意識にベンチを見たが、そこにはもう誰もいなかった。
それにホッとして、隆平は三浦に別れを告げると、ホームに滑り込んできた電車に乗り込んだ。














「ねぇ。どうしたの?」

上目遣いで下から覗き込むような怜奈の視線にも言葉にも反応を返さず、九条はただ電車の外で流れる風景を見ながらぼんやりとしていた。

先ほどから全く反応のない九条を見て、怜奈と麻里は怪訝な顔をする。

九条が喧嘩から帰って来たかと思えば、唐突に「送ってやる。」と声を掛けられて、怜奈と麻里が唖然として顔を見合わせたのはもう随分と前になるような気がする。

彼の意外過ぎる言葉に、最初こそ驚きと嬉しさを感じた怜奈と麻里だったが、今はボンヤリと窓の外を眺めたままの九条が一体何かを考えているのか読めず、つい訝しげな顔をしてしまう。

九条が面倒くさがって普段から余り喋ってくれないのはいつもの事だが、今日は何やら勝手が違う。
第一、喧嘩した後に律儀に戻って来る九条にも驚きなのに、その上「送ってやる」だなんて。

とりあえず何か会話を、と先程から色々話かけてみるものの、九条は上の空だ。
そう怜奈が一人唸っていると、「そういえば」と麻里が呟いた。

「結局パシリ君、赤レンガ行ったのかなぁ。」

それは九条にではなく怜奈に向けられた言葉だったが、その言葉に九条がピク、と反応したのを怜奈は見過ごさなかった。

その九条の反応に気が付かない振りをしながら、怜奈は麻里の言葉に「あー」と相槌を打つ。

「あいつね~、さぁ行ったのかなぁ。ねえ、九条。」

そう言って怜奈はなるべく自然に九条に話しを向けた。

「九条が喧嘩に行ってから地味な奴が話かけてきてさ、九条と会う約束してたんだけど、ってうちらに言って来たんだよね。」

怜奈が笑うと、今まで窓の外に目を向けていた九条がゆっくりと顔を怜奈の方へ向けてくる。
その九条の反応に、怜奈は思わず心の中でガッツポーズを決めた。
ようやく九条が興味のある話題に行き当たったらしい。
それに気を良くした怜奈が九条と、それから麻里にも話し掛ける様にして笑う。

「なんか、あんまり目立たないような地味なやつだったよね~あれ、虎組の奴?なんか他のメンバーとは雰囲気違うけど。」

怜奈が笑いながら「ねぇ?」と麻里に同意を求めると、麻里も笑って頷く。
その言葉を聞きながら九条は無表情な顔を崩さないまま、ぽつりと呟いた。

「…あいつは罰ゲームで…最近うちに来た奴だ。」

それを聞いた途端、麻里がプッ、と噴出した。

「罰ゲーム?あ~、それで仕方無くパシリにしてるわけ?どおりでおかしいと思った。全然人種違うんだもん。服装も中学生みたいだし。絶対童貞!」

「ふふ、ちょっと麻里、やめなよ。」

「あ、じゃあそいつが九条と待ち合わせしてるとかって言うのは、もしかしてパシリ君で遊んでたの?」

「も〜、可哀相じゃん。」

そう言いながら、怜奈も薄ら笑みを浮かべた。
そんなのは言わずとも分かっている。九条は今日は自分と過ごしていた。
あの少年の所へ彼が行くはずがなかった。

「でもさ、あーいう子でも良い暇つぶしにはなるんじゃない?」

そう麻里が言った瞬間だった。

「…そのパシリ野郎に感謝しろよ。」

え?と麻里が首を傾げると、九条が無表情のまま麻里を見詰めていた。
その瞬間、怜奈の背筋に冷たいものが走る。
その凍り付くような視線は、九条が機嫌を損ねた証拠だ。

「手を上げねぇのは、そいつに免じてだ。」

それから九条はゾッとするような目で、麻里を見据えて口を開いた。

「暇つぶしはてめぇだよ。麻里。」

あぁ、と怜奈は青ざめて絶望した様な気持ちで目を瞑った。
何回もみた光景。それは。

「お前の顔は、二度と見たくねぇ。」

九条が女を捨てる時の聞き慣れた言葉だった。
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