決戦後

握手の余韻に浸る事もなく瞬時に青ざめた隆平を見て、三浦が「なんで?」と訊ねてくる。
そんな三浦に隆平は口籠りながら、あらぬ方向へ視線を逸らした。

まさか、アンタらみたいな恐ろしい連中と係わり合いになりたくない上、罰ゲームで遊ばれている以上信用が置けません…とは口が裂けても言えない。
恐らくは先程の連中がまだ近くをうろついていては危ないから、という配慮なのだろう。
だが今まで己を虐げてきた連中が自分の身を案ずる方が返って不気味だ、と隆平は背筋を震わせる。
これ以上罰ゲームの晒し者になるわけにはいかない。
隆平はグルグルと頭の中で考えを巡らせると、なるべくあたり障りのない言葉を選んで慎重に口を開く。

「だってそんな女の子じゃあるまいし、その、全然大丈夫ですから、気にしないで下さい。」

そう言って少しだけ後ずさると、三浦が「いーからいーから!!」と隆平の腕を取った。
それに「ヒっ」と短い悲鳴を上げると、隆平は捕獲された腕を引き寄せられ、その見た目よりも強い力に顔を不自然にヒクつかせた。

「先輩、千葉隆平はオレが送ってくっすよ。」

ふん、と胸を張った三浦に笑いながら、和田は未だ気絶している他の一年を抱え上げながら頷く。

「分かった。気ィつけろよ。俺らはこいつらの面倒見てから帰る。お前は駅まで千葉を送ったらそのまま帰っていいからな。」

「はいっす!!」

「それじゃあお先に失礼します!!」と満面の笑みで言い放ち、三浦は掴んだ腕を引くと、隆平を引きずる様にして去ろうとした所を、ふ、と和田が呼び止めた。

「千葉。」

呼ばれた隆平はきょとん、とした顔で和田を見た。
その間抜けな顔を見て、思わず和田が笑ったが、それも一瞬だった。
和田は口元から笑みを消すと、真面目腐った顔をして、隆平を見詰めた。

「悪かったな。」

和田が謝ると、隆平はこれ以上にない程目を見開いた。
それから何か口を開きかけたが、躊躇ったのか、そのまま何も発しないまま小さく頭を下げる。
その途端引きずられてバランスを崩した隆平が近くの廃材に足を取られ盛大に転んだが、三浦はお構いなしにズルズルと隆平を引きずったままその場を去った。

引きずられながら一瞬見えた隆平は白目をむいていた。
そんな愉快な顔をしていたのを見て笑いながら、和仁は二人に手を振って見送る。
それから、もう既に二人の姿を見ることもなく、倒れた一年生の介抱をしてやっている和田の背中に和仁は視線を戻した。

「一体どーゆー風の吹きまわしなのかなぁ?」

背中越しから聞こえた声に、和田は振り返りもしない。

「掌返した様な態度だねぇ。なんか作戦でも?」

和田は答えない。それに目を細めると、和仁は思い出した様に言った。

「そういえば、結局九条は千葉君のために来たんだよね。」

どこか嬉しそうな声で呟く和仁の声に、和田は低く「あぁ」と答える。その和田の背中にしな垂れかかった和仁はにや、と笑った。

「それってどういう事になると思う?」

そう問いかけられて、和田は後輩から目を離すと、背中越しに後ろから伸びてきた腕を払う事なく、うんざりと顔を顰めた。

「賭け。オレの勝ちだねぇ。」

ふ、と肩越しで笑う気配がして、和田はハァ、とため息を吐いた。

「賭けの対象は変わったじゃねぇか。」

「ダメだね。だって、一番敵を倒したのは九条じゃん。」

「…分かった。じゃあもう今回はおめぇの勝ちで良い。ただし、これっきりだ。」

そう言って、和田の肩に顎を乗せていた和仁の顔を見て、和田はハッキリと言った。

「俺、このゲーム抜けさせて貰うわ。」

いち抜けた、と言いながら和田は和仁の腕を解いた。










「そんで、お前の敵もやめるから。」

そう隆平の腕を引っ張りながら、三浦は声を張った。
先程の和田と同様に、三浦からも謝罪を受けた隆平は、何が何だか分からないままだ。
もうすぐ大きな観覧車が有名な遊園地にさしかかる。

「そんで、今日からお前の味方になる。」

そう言いながら振り向いて真面目な顔をする三浦に、隆平はぽかんと口を開けた。

「おれの事、嫌いなのに…?」

思わずぽろ、と零れ落ちた言葉に隆平はハッと口を押さえた。
あんまり唐突な展開に付いて行けず、思わずボロが出てしまった、と隆平は恐る恐る三浦を見た。

虎組で、自分の事を好きな人間はいない。
それなのにいきなりそんな事を言われても信用ができなかった。

すると三浦はさほど気にした様子も見せず、きょとんとした顔をして隆平を眺めると、何の悪びれも無く言い放った。

「まぁそうなんだけどさ。」

やはり、と隆平は思わず顔を顰めてしまった。
なんだ、やはりそうなのか、と隆平は俯く。改めて確認すると何か物悲しい。
なんだか馬鹿にされているみたいで惨めな気持ちになった。

ただでさえ九条の事で落ち込んでいるのだから、これ以上落ち込ませないで欲しい。
だが、そんな隆平にはお構いなしで三浦は淡々と続ける。

「ほんのついさっきまで、嫌いなはずだったんだけどなあ。」

でも、と三浦は隆平を振り返った。
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