決戦後

叫んで走り寄る少女達の先には件の人物がいた。
康高はその姿を捉えると、瞬時に目を細める。

「九条…。」

思わず呟いた康高に、九条が気付くはずもない。
二人は数十メートルも離れていたし、薄暗い街灯の元では顔は判別し難い。

戻ってきた九条はどこか苛立たしげで、二人の少女の歓迎に笑顔のひとつも見せなかった。それから小さく少女達に呟く様な素振りを見せ、少女達がその言葉にきょとん、としている様子が見て取れる。
一体何を言ったのか勿論聞こえる事はなかったが、余程意外な言葉だったのだろう。
少女達の唖然とした顔を見れば想像に難くない。
そうして、ポカンと口を空けている少女達を置いて、九条はさっさと一人駅構内に消えていってしまった。

それを慌てて追う二人の少女を見て、康高はため息をつく。

九条が帰ったという事は、やはり抗争は終わったのだ。
だとしたら、いつまでもここにいるわけにはいかない。

康高は万が一隆平や和仁に会ってしまった時の言い訳を考えていなかった。
正直、予期せぬ出来事続きで隆平が抗争に巻き込まれると分かった瞬間、頭よりも体の方が先に動いてしまったので、そこまで頭が回らなかったのである。

仕方がないことと理解しつつ、康高は多少なりに恥じ入っていた。

「(まさかこんなに取り乱すなんて。)」

予想外の事態でも冷静に対処はできたはずだ。
だが、そこまで考えが及ばなかった事に、康高はふと言い知れない何かが、背筋を這うような感覚に襲われた。

今までに、こんな事が一度でもあったろうか。

大体隆平が関係している、していないにも関わらず、今まではどこかに余裕があった気がするのだが、今は何かに急き立てられるように落ち着かない。

「(これは、なんだ。)」

ワケも分からずに少し汗ばんだ掌を握る。
身の内の焦燥の理由を見出せないまま、康高は駅構内へ踵を返した。

夜の風が凪いで、康高の伸びた髪が頬を撫でたが、それが余計に康高を駆り立てている気さえした。





康高が九条を駅で見かけたのと同刻。
取り残された赤レンガ倉庫前では、隆平にとって思わぬ事態が起こっていた。

「和田宗一郎だ、宜しくな。」

「オレ三浦春樹!よろしくな、千葉隆平!!」

差し出された大小二つの掌を見比べて、戸惑いがちに顔を上げる。
それは間違いなく虎組幹部の和田宗一郎と、同じクラスだが、一回も話したことがない、虎組の鉄砲玉、三浦春樹だ。
普通の人が普通に暮らしていれば、全く縁遠い人種である。

九条や和仁ほど派手な噂は聞かないが、「和田宗一郎」の名前を聞いた隆平は卒倒しそうになった。北工では立派な有名人だ。
銀色に染め抜いた髪と、上背のある身長。そして、この男もまた美形だ。
「美形」というよりも「男前」とい表現が似合うかも知れない。
彼もまた、喧嘩では負け無しの強者であると同時に、一度スイッチが入ると鬼のように凶悪になる事から恐れられている人物だ。

そしてその横にいる三浦春樹は、背丈は隆平と変わらないが、隆平とは対照の明るい茶色の髪の毛が特徴的だ。
全体的に幼い雰囲気を残しているが、この少年も顔は整った造形の部類になるだろう。
確か隆平や康高と同じクラスのはずだが、入学式を初め、授業もほとんど見かけない幻のクラスメイトだ。
まさか虎組のメンバーだったとは知らなかった、と隆平は目を白黒させた。

以上、明らかに自分とは違う世界の住人に握手を求められている事に対して、隆平の頭は混乱を極めていた。

おかしい。
殴られ蹴られ、罵倒を浴びせられる覚えはあったとしても、握手を求められる覚えはない。

「(それとも、これも何かの罰ゲームの一環なのだろうか。)」

そう怪訝な表情をしながら唸っていると、痺れを切らした三浦が強引に隆平の右手を掴んだ。
ブンブン、と音がしそうな程激しく振り、三浦が再び「よろしくなっ」と言ったので、呆気に取られた隆平は目を丸くしたまま思わず頷いてしまった。

「あのさ、お前カッコ良かったぞ!!」

「え、あの」

「なんか鳥肌たった!すげーな、お前!」

「…ど、どうも…。」

隆平の返答に満足したようにフン、と鼻を鳴らした三浦は得意げに隆平の手を和田に渡す。
それに苦笑した和田が「コラ、ものじゃねんだから」と言いながら、その大きな手で隆平の手を包んだ。

「わりぃな、悪気はねぇんだ、こいつは。」

「はぁ」

「じゃあ、改めて宜しくな。千葉。」

そう言ってニッ、と微笑まれて、隆平はまた「はぁ」となんとも冴えない返事を返してしまった。
そんな隆平を見て和田はまた苦笑すると、その大きな手を外す。
握られた自分の掌を眺めながら、隆平はなんとも言い知れぬ奇妙な心持ちになっていた。

これは一体なんなんだ、と首を傾げる間もなく、和田が隆平に話しかけて来た。

「おめぇ帰るんだろ、駅まで送ってやろうか」

少し首を傾げた和田を目の前に、隆平は「へ?」と間抜けな声を出してしまった。それから和田の言葉を脳内で反芻して、その意味を理解すると、千切れそうな程激しく首を横に振ったのである。

「とととんでもねぇええ!!」
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