決戦は土曜日(後編)
へ?と周囲のギャラリーが固まる中、隆平は変らずに声を張り上げ続ける。
「女の子泣かしてこんなとこで何してんだアンタ‼︎ましてや夜の街に置き去りって何考えてんだ!!今すぐ駅前のベンチに行け‼︎」
そう言いながら勢い良く駅方面を指差す隆平の迫力に、九条は驚いた表情を崩さないまま、耳にガンガンとこだまする隆平の言葉の意味を必死になって理解しようと試みた。
「(なんだって?)」
唐突に言われた内容を上手く嚙み砕くことができず九条は必死に脳みそを働かせた。
「おん…な?」
「あ、ダメだ九条…初めて異性を見た時のターザンみたいな感じになってる…。」
和仁が心底気の毒そうな顔をして呟いた。
そんな九条を他所に隆平は「はぁ?」と眉を釣り上げた。
「居ただろ!駅前に2人‼︎どっちが彼女か知らねーけど2人ともお前の名前言いながら悲しそうな顔してたぞ‼︎」
暫らく黙って思案に耽っていた九条はようやくそれが怜奈と麻里のことを指していることに気が付いた。
「か、」
「か?」
「彼女、じゃ、ねえ…」
絞り出すような否定に、和仁と和田は咄嗟に「九条ーーー‼︎」と叫んだ。心の中で。
「うそつけ‼︎どう見てもアンタへの好意ダダ漏れだったわ‼︎て、そんな細かいこたぁ良いんだよ‼︎早く迎えに行け‼︎そして謝れ!」
尚も女子の事を言う隆平に、九条は複雑な心境になった。
「違う、だろ。」
「…何が。」
依然厳しい表情のまま隆平は九条から視線を外さない。
いつもの怯える様なふらふらとした視線の揺らぎはない。
「怒るとこが違うんじゃねぇのかよ。」
「はぁ?」
「てめぇを待たせていた件は、その、どうなんだ。」
九条の歯切れが悪くなるのも無理はない。自らの墓穴を掘るような言葉だ。だが言わざるを得ない。九条自身、誰よりも戸惑っているのだ。
隆平が「この件」を咎めて来ないことに。
待たせた本人が言うのも何だが、なんとも居心地が悪い。
だがそれを聞いた隆平は、今までに見たことのない様な顔で九条の胸倉を掴むと鼻がくっ付く程の近距離で怒鳴った。
「はぁ!?おれが怒らないとでも思ってるんですか!!外で十時間近く待たされて笑顔で許すとでも!?んなワケねーだろうが!ボケ不良‼」
ボケ、と言われて思わずイラっと来てしまった九条は慣れた手付きで隆平の胸倉を掴み返す。
「んだとテメェもっぺん言ってみろこのクソガキ!!!」
「そんなに聞きたいのならお答えしますけどね!!ケツも背中痛ぇし腹空くし最悪ですよ!!無茶苦茶腹立ってますよ!!」
「じゃあ最初からそう言え!!女をダシに使ってんじゃねえ‼」
「使ってねえわ!そもそも来る気もなかったくせに偉そうなこと言うな‼それとも何か⁉真夜中まで待ってれば来てくれたのかよ⁉」
噛みつくように隆平が問えば、九条は一瞬言葉に詰まったが、「んなわけねえだろ‼」と返した。
「誰が行くか‼‼てめえなんかのために‼‼」
吐き捨てるように言った九条の台詞に、和仁と和田が「九条…」と遠い目をする。
「聞いた?和田チャン。九条の奴、あんなこと言ってらあ。」
「来てるんだけどな、ここには。たぶん、あいつのために。」
「そうだね。本人は口が裂けても言えないだろうけど、しっかり待ち合わせ場所もあれこれ理由をつけて千葉くんの様子を確認しに来てるからね。たぶん。」
「なんか知らないけど、いろいろ複雑なんだな。たぶん。」
和仁と和田の会話に、慶介が眉毛をハの字にしながら流れに乗ると、篤志が「シッ、黙っとけ。巻き込まれてえのか。」と静かに咎めた。