決戦は土曜日(後編)

そして、この梶原という男もどちらかといえばインドア派の人間のようだ。黒い髪がかかる頬は肌が透ける様に白い。
なぜこのような輩が虎組に喧嘩など売ったのだろう。

「もしかして、虎組に恨みでもあるんですか?」

「うーん、まあ半分くらいは当たりかな。総意ではないけど。」

そう言って梶原はよいしょ、と言って立ち上がるとこきこきと首を鳴らした。

「今回はこっちの作戦ミスってことかね。ま、九条がここに来た時点で分かっていたことなんだけど、つい悪あがいちゃった。」

しょーがない腹括るかあ、と梶原は笑う。

「あ、千葉君は今のどさくさに紛れて逃げちゃっていいよ。駅まで誰か送らせるから、裏からこっそり出てね。」

そう言って優しく笑って立ち上がった梶原に、隆平はひどく困惑する。
この連中が本当に自分に危害を加えるつもりはないのだと知った。

「…なんか、すみません…。おれ」

「ん?」

思ったよりも潔い梶原を見ながら、隆平は微妙な気持ちでなぜか謝罪を口にした。
どこから情報を仕入れたかは知らないが、この人達は自分を虎組の仲間とでも思ったのだろう。

「おれ、あんまり虎組の人に好かれてなくて。その、人質の価値とかなくて…。」

そもそも自分は虎組の被害者なのだから、人質にはなり得ない、と隆平は最初からわかっていた。
でも、と隆平は顔を上げる。

「あの、人質としては役に立てないかもしれないけど、囮くらいにならなれると思います。だからあの、お願いします。」

ここまで来て、すごすごと帰るわけにはいかない。

「おれに、九条と話をさせてもらえませんか。」

隆平の言葉に梶原はきょとんとした顔をすると、愉快そうに笑みを浮かべた。
そして「度胸あるなぁ。」と再び床に座る隆平と目を合わせるとその平凡な出で立ちからは想像できないような強い意志の宿った目を見て、梶原は思わず頷いてしまった。

「おっけ、その話乗った。」

黒い髪をふわっと靡かせて、梶原はニッと人好きするような悪戯っぽい顔で笑った。






一方の虎組は、和仁の言葉に和田が眉を寄せ、疑わしげな表情をしていた。

「千葉隆平本人が?」

「ありえなくはないでしょ~?案外どこかから情報仕入れてあいつら差し向けて来た可能性だってある。人質作戦も向こうがグルだと考えれば説明がつくし。…だとしたら」

「だとしたら…?」

怪訝な顔をした和田に和仁はにこぉ、と笑って答えた。

「策略家でたいっへんにオレ好み…!!」

「…」

恍惚とした表情を浮かべた和仁を見て、和田はぞわ、と全身に鳥肌が立つのを感じて身震いする。
そんな二人の会話を聞いていた九条は、ぴくりとも表情を変えずに低い声を出した。

「んなわけねぇだろ。」

その冷え切った声に和仁は顔を向ける。

「来るかもわかんねぇ奴を何時間も待つような馬鹿だぞ。そんな器用な真似、あいつにできるか。」

そう言って人垣ができている相手側の陣を見る。
その瞳のむこうに何を見ているのか分かって、和仁がふーん、と呟きながら九条の肩に肘を置いて寄りかかる。

「ずいぶん千葉君の肩を持つようなこと言うんだねぇ。それって、何時間も待たせたお詫びのつもり?」

九条は煩わしげに和仁の腕を払うと和仁の顔を見る事もなく呟いた。

「…あいつの身を守るのは、罰ゲームを続ける条件なんだよ。」

「へぇ?」

そいつはまぁ御苦労なこって、と和仁が言うと、九条は乱暴な手つきで和仁の腕を振り払った。九条の意見には和仁も賛成だ。
隆平が和仁や和田を陥れようとする事など考えにくい。

「(となるとやっぱり、この一連の黒幕はあいつしかいねーわ。)」

あの千葉隆平のために、こんな馬鹿みたいに手の込んだ計画を立てる奴は一人しかいない。
ふ、と冷静を装った線の細い男の顔を思い出し、和仁は顔が弛んだ。
それを他のメンバーに悟られないように、自分の顔を片手で包むようにして撫でていると、数十メートル先の相手陣営から梶原の声が届いた。

「タイム終了~!あざましたー!」

「あ、終わった。」

「あのー九条さーん。」

相変わらずゆるーく声を掛けてきた梶原の突然の指名に、九条は「あ?」と不機嫌をあらわにした顔をした。

「こっちの作戦が決まったよー。ずばり、千葉隆平との示談に応じてもらいまーす。」

梶原の宣言に和田が「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げた。
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