決戦は土曜日(後編)

「あのガキ何捕まって…!!」

「ちょっと待て、なんで千葉隆平がここにいて、向こうは千葉隆平を知っていて、人質にされて、え、え?」

「和田チャン、おちけつ。」

「いや、全員落ち着け。」

固まりつつも怒りの治まらない九条と、完全にパニックになっている和田と、愉快過ぎておかしくなっている和仁へ冷静にツッコミを入れたのは蚊帳の外の篤史だった。

千葉隆平という人物の登場で混乱を極める3人を目の当たりにして、虎組ではない篤史と慶介ですら不安を感じた。
件の少年が、これ程までに三人を混乱させるような影響力を持つ人物には、どうしても見えない、というのが篤史と慶介の正直な感想だった。
それに今大事なのはあの少年ではなく、自分達の身の安全ではないのだろうか。

「えーと、ちょっと聞くけど、あれって、お前らには大事な奴なの?」

そう篤史が聞くと、三人が一様に首を横に振りながら答える。

「「「いや、別に。」」」

揃った声を聞いて、慶介と篤史はいよいよ怪訝な顔をした。

「じゃあ別に人質の意味とかねぇから、あいつ無視して残りの奴ら片付けちまった方がよくね?」

そう慶介が言うと、九条は額に青筋を這わせ、和仁は笑いながら目を細め、和田は胃を押さえながら顔を引きつらせた。

「あ?」

「ダメ。」

「無理。」

「…。」

その三人の態度を見て慶介と篤史は悟った。

「(あぁ、きっと止むに止まれぬ事情があるのだ…おそらく和仁の陰謀で。)」

和仁の笑顔と和田の神経性胃炎がそう物語っている。
慶介と篤史はできるだけ巻き込まれまいと、三人から少し距離を置いて爽やかな顔で微笑むと、グッとで親指を立てた。

「オッケー、後はお前らに任せるよ、グッドラック!!」

「お、おめえら…」

一人胃の痛くなるような状況に置かれた和田は恨みがましく後ずさった二人を目で追う。しかし如何せんこれは虎組の問題であるため、部外者の二人に縋ることも許されず、和田は疲れた顔で前へ向き直った。

「で、どうするって?」

仕方なく声を張って向こうのリーダーと名乗った男に質問を返すと、梶原はその癖のある黒髪から覗いた目を和やかに緩ませて笑った。

「えっと、俺らは正直そっちの赤い人と銀色の人だけ相手にするつもりだったからさ、まさか九条君が来るとは思わなかったんだよね。で、早い話が被害が思ったよりも出ちゃったから、今日はここでお開きにしませんか、ってことで。」

どうでしょうかね。と笑う梶原を見て、和田は胡散臭そうに顔を歪めた。

その申し出自体はこちらにしてみれば願ってもいない事だが、それは、数分前までの状況下ならでは、だ。
今となっては、こちらに大量破壊兵器である九条が来てしまった事により、100人程度なら十分に片付けられる「余裕」が生まれてしまった。

それに奴らは「千葉隆平」を知っている。

どういった経緯で、なぜ知っているか、という大きな疑問が残る。
単に喧嘩を売ってきた連中が何故「千葉隆平」を知っているのだろうか。
千葉隆平が絡んだ一連の「罰ゲーム」は虎組内部の人間でなければ知り得ない情報だ。
総長の罰ゲーム程度ならばまだ可愛いが、他に重要な秘密だってこちらにはごまんとある、と和田は眉根を寄せる。

そして妙といえば今回の喧嘩の売り方。
どんどん敵が増えていく様は、まるで最初から示し合わせていたかのようだ。
小出しで次々と人員を送り込み体力を少しづつ消耗させ、人数を増やし囲み、まるで自分達を「閉じ込める」ようにするやり方がどうにも分からない。
できる事ならば一人残さずふんじばって、事情聴取と行きたいところなんだが。

「まいったな」

と、和田は苦々しく顔を歪めた。そう上手くは行かないようだ。
本来なら、千葉隆平を躊躇なく捨て駒にして、相手を袋叩きにしてから事情を聞くのが一番手っ取り早いのだが、総長と副総長のその選択肢は念頭にないようだ。

二人の意識は完全に「千葉隆平」に向いている。

気に入らない、と和田は前方の男を睨みつける。
あの梶原という男だはニコニコと笑っているが、「千葉隆平」を知っているだけではなく、「千葉隆平の使い方」を知っている。

「(何もんだよ。あいつ。)」

考えながらも和田は「千葉隆平か。」と小さく呟いた。

一体何がそんなに「特別」だというのだろうか。
面白くもねぇ顔しやがって、と和田は大きなため息をついた。
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