決戦は土曜日(後編)



一人暴走する九条を前に、和田が天を仰いだ。
その光景を見た慶介と篤史はお互いの顔を見合わせる。何か不味い事でもしてしまったのだろうか、とボソボソと話し合っていると、和田が頭を掻きながら、一騎当千の九条を遠慮がちに呼んだ。

「あ~。九条~…さ~ん」

普段なら死んでも「さん」なんて付けないのだが、和田は付けざるを得なかった。せめてこれ以上事態が悪化しないように、取ってつけたような配慮の結果だった。
が、一心に敵をぶん殴っている九条は聞く耳を持たない。
九条がここへ来てからまだ幾分も経っていないというのに、彼の餌食となった被害者はゆうに二十人を越えている。
相変わらずとんでもなく恐ろしい奴だ、と和田はひやりと肝が冷えた。
だが。

「千葉君のことなんだけどさぁ~」

隣にいた和仁が、それとなく千葉隆平の名前を出すと九条の動きが面白いほどピタリ、と止まる。
それを見て和田はあ、やっぱり?と取り繕った笑顔のまま、サーッと全身から血の気が引いた。
その反対に、和仁の顔は後光は放つような、眩しい笑顔に変わった。
和田と和仁、正反対な二人の反応に、慶介と篤史はさらに首を傾げた。

「千葉?誰それ。」

「知らね。」

首を振った二人を他所に、和田が低く唸りながら九条に呼びかける。

「あ~九条。言い難いことなんだが…その。千葉隆平は、ここにはいねえんだわ。」

そう言うと、相手方の胸倉を掴んだままの九条の顔が、ギギギ…と音を立てそうなほどゆっくりと回り、和田と和仁を捕らえた。
その完全に据わりきっている目に見据えられ、和田は嫌な汗が背中に流れていくのを感じた。

和田と和仁が予想した通り、九条は千葉隆平がこの喧嘩に巻き込まれたのだと思い込んでいたようだ。
自分達に賭けを許し、感心が無いように立ち振る舞っていたが、結局の所気になって「飲みに参加する」という口実で、様子でも見に来たのだろ。和田は眉尻を下げて何とも言えない気持ちになった。

「(難儀な奴だ。)」

気の毒そうな表情を浮かべる和田と、後光が差すほどの笑顔を浮かべた和仁。
その二人を食い入る様に見詰めてくる九条は、瞬き一つしない。
九条はその手に男の胸倉を掴んだまま、ゆっくりと二人に近づいてきた。

「ちょ!!あの!!」

胸倉を掴まれたままの男が引き摺られる姿を見て「哀れだ…」と和田は遠い目をしたが、明日は我が身だ。

千葉隆平は帰った。
簡単な一言が今はこんなに恐ろしい。
なんでも和仁に聞いた所によると、千葉隆平が帰ったという事は九条には伝えていなかったらしいではないか。
その理由がまた何とも腹立たしいものだった。

『だって連絡入れなきゃまだ千葉君が駅で健気に待ってるって思わせられるじゃ~ん!!これで朝まで連絡入れなかったら九条がどういう反応するか見たかったんだもん。』

そこまで言った和仁を目の前に、和田が殴らなかったのは奇跡に近いが、正直なところ、それどころではなかった。
あの俺様九条様がわざわざ出向いて加勢しにきてくれたにも関わらず、その要因を欠く、という事実。
この時ばかりは流石の和田も狼狽して「え、やばくない?」とギャルみたいな返答しかできなった。

「いねぇ、って何だよ。」

低い声で唸りながら近づいてくる姿は、どう見ても獰猛な虎だ。
それに和田が覚悟を決めて口を開き掛けた、その時だった。

「千葉隆平ならここでーす。」

「!?」

間のびした声が響き、九条、和仁、和田は一斉に声の方向へ視線を移した。
そこには癖のある黒髪の男と、縄でぐるぐる巻きにされた隆平がぶすっとした顔で胡坐をかいて座っていた。

それを見た和田が絶句する。

「(なんで千葉隆平が此処に!?)」

あまりに唐突の出来事に固まると、それは九条も同じだったらしく、ポカンとして手に持っていた男の胸倉をあっさりと離して、顔をしたたかに床にぶつけたらしい男の「ぶえっ」という情けない声が聞こえた。

そうして絶句している九条や和田に、青年がにこーと笑った。

「初めまして。梶原って言いまーす。この面子のリーダーでーす。どうぞよろしくー。えっと、そしてこちらが人質の千葉隆平くんでーす。」

「どーも。」

不貞腐れた様子の隆平が頭を下げると、慶介と篤史が「おぉ~あれが千葉隆平か」と呟き、どれどれと観察しはじめる。
そして思わぬ隆平の登場にきょとんとした九条を見て、隆平は今まで見たことのないような顔で、にっこりと笑った。

「どうも、すっっっっっごくお久しぶりですね、先輩。」

その絶対零度の笑みに、九条、和田は固まり、慶介、篤史は首を傾げた。

そして和仁は一人、予想だにしない最高のアクシデントをまるで天からの授かりもののように、五体投地しながら全身全霊で神に感謝を捧げた。
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