決戦は土曜日(後編)

「そ~。今日の飲みに九条が来るっつたからさ。駅前で約束してたんよ。そしたらお前らが店から囲まれて出てくんだもん。」

「それで、後から来る九条に伝えとけって、一緒にいた麻里に頼んできたんだよ。」

篤史がそう言うと、和仁と和田が固まる。
それを見た篤史は食い入る様に見詰められて、顔を引きつらせる。

「な。なんだよ。」

「飲み?今日?桜町で?」

「そ、そうだよ、あんまり顔近づけないでくれる?」

畳み掛けるように聞いてきた和仁と和田に、慶介と篤史は思わず後ずさった。
二人の答えを聞いた和仁と和田は黙ってお互いの顔を見合わせると、同時にバッ、と振り向いて依然一人で奮闘している九条を眺めた。

九条は驚異的なスピードで相手を倒しながら、近くに倒れている人間の顔を覗き込むという謎の行動を繰り返している。
その奇行に和田と和仁が揃って首を傾げると、三浦が倒れた一年の頬を軽く叩きながら「そういえば」と声を上げた。

「九条先輩、誰か探してるみたいっすよ。こいつの顔見て「違う」って言ってたっす。」

こいつ、と言いながら三浦は未だ気を失っている一年の頬っぺたを突いた。黒髪の少年。

それを見た和仁と和田は、「まさか」、「なぁ」とお互いの顔を見て呟いたのだった。










「へっくしゅ!!」

くしゃみを零した隆平はズッと鼻をすすった。
それからギッ、と高い倉庫を見上げる。

「(赤レンガ倉庫。ここだな。)」

重厚な倉庫が隆平の目に入る。暗がりで見ると威圧感のある建物だ。
港風景の広がるこの倉庫付近では、カップルがうじゃうじゃといて、静かな海を眺めながらロマンチックに愛を語る穴場として有名だったが、今日は人っ子一人いない。
恐らく喧嘩のため人払いされたのだろう。

「(ここにあの野郎がいる。)」

隆平は先ほどの女の子達を思い出すと、またふつふつと湧き上がって来る感情に、ぎゅうと拳を握った。

「(絶対一発ぶん殴ってやる…!!)」


そう決心して隆平は微かに聞こえる喧騒を頼りに駆け出した。
もう恐ろしいとか怖いとかいう感情は掻き消されていて、隆平のあるのは只、九条への怒りのみ。

「たのもう!!」

そう叫びながら倉庫裏に駆け込むと、隆平は顔を顰めた。

「…。」

「…。」

「どちら様でしょう…。」

「こっちの台詞だ!!!!」

目に入るのは知らない人、人、人。
どうやら間違えて、虎組の反対陣地、すなわち相手方の方の陣地に来てしまったらしい。
しかも喧嘩をしているのはこの人達の奥らしく、向こう側から激しい喧騒が聞こえる。

だが隆平はその相手側の数を見て唖然とする。

「(どこが三十人だ、ゆうに百は超えてるぞ!?それに対して六人と九条、あと助っ人二人、計九人で戦っているのか?)」

隆平は一瞬、虎組の身を案じてしまったが、ぶんぶんと打ち消すように頭を振った。すると先ほど隆平に突っ込みを入れた少年が、まじまじと隆平を眺めると、あれ?と首を傾げた。

「お前、千葉隆平じゃねーか。なんでここにいるんだよ」

「?何でおれの名前…」

同じく首を傾げた隆平に、少年は後ろを向いて、「梶原さぁん」と大きな声で呼んだ。
すると人垣の奥から「はあ~い」と間延びした返事が上がり、癖のある黒髪の青年が出てきて、あれ?と首を傾げた。

「あれ?千葉隆平じゃん。」

「指を差すなぁああ!!」

まるで珍獣のような扱いに、キレている隆平は容赦なくその手を叩き落とした。
それにさほど驚いた様子もなく、梶原と呼ばれた青年は叩かれた手を擦りながらまじまじと隆平を見た。

「おお、なんかキレてる。でもおかしいな。君、まだ駅にいるはずだろ。なんでこんな所にいるんだい?」

それを聞いた隆平は怪訝な顔をする。

「(なんでこいつらそんなこと知っているんだ?)」

何やらただならぬ雰囲気に、少し逃げ腰になった隆平の腕を、全体的にユルい梶原の大きな手が捉えた。

「何すんだよ!!」

得体の知れない相手に思わず噛み付くが、梶原は隆平を見てうっすらと笑った。

「安心して、別に痛いことするわけじゃないからね。てかそんなことしたら俺が殺されちゃう。」

誰に、とは言わなかったが、笑いながら隆平の頭を撫でる梶原に殺気は感じられない。ユルくて、妙な言動、隆平は毒気を抜かれてしまった。
そして完全にハテナマークを浮かばせた隆平に梶原はニコ、と笑う。

「でも実は今ピンチなんだわ。君ちょっっとだけ人質になってくれないかな。」

はぁ?と言うが早いか、隆平の身体は数名の男達によって、たちまち縄で巻かれてしまった。
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