決戦は土曜日(後編)
その振り下ろされた鉄パイプに瞬きすら許されず、三浦は反射的に身を硬くした。
しかし予想した痛みを感じることはなかった。
なぜなら鉄パイプの男は一瞬にして思いっきり三浦の横に蹴り倒されたからである。
「へ?」
まるでスローモーションのようにしてその男が地面に倒れていくのを目で追って三浦は瞬きをした。
何が起こったのか分からずキョトンとしていると、彼の目の前に影がかかり、三浦は思わず目を疑った。
金色と黒の髪。
思わず見惚れる程の整った顔立ち。
長身で、バランスの良い身体。
その男は間違いなく、虎組総長の、
「「九条!?」」
和仁と和田の声が見事にハモった。
九条は和田と和仁の声に応えず、三浦が起こそうとしていた黒髪の一年の顔を確認して、静かにため息をついた。
「…違う。」
そう言って顔を上げると、その切れ長の目で辺りをギラ、と見渡した。
その眼力に周りの連中が一瞬にして萎縮するのが分かる。まるで蛇に睨まれた蛙だ。
辺りから伝染するようにどよめきが起こった。
「おい、あれ…九条、大雅…?」
「何でここに」
「聞いてねぇよ、大江と和田だけじゃねぇのかよ!」
突然の九条大雅の登場に、相手の陣営が恐怖に乱れるのが和田にも分かった。みるみるうちに相手方の士気が下がっていく。
無理もない。彼らの目の前にいるのは正真正銘、生きる伝説、虎組の総長、九条大雅だ。
早くも逃げ腰になる輩も見受けられる中、九条は低く唸るような声で呟いた。
「どこだ…」
そう言って少し離れた所に倒れている黒髪の男の近くに立った南商の男を見て、九条は信じられないスピードでそちらに走ると、近くにいた連中を人間離れした速さで、次々に床に沈めていく。
その軽やかの身のこなしは、まるで獲物を狩る虎だ。
その九条を眺めながら、和田と和仁が首を捻った。
「な~んで九条がここにいんのかな?」
「さぁ、でも助かったな。これで勝ったも同然だわ。」
ふ~、と息を吐きながら服に付いた埃を払うと、和田は三浦の元に駆け寄った。
「おい、大丈夫か。」
未だポカンとしたまま座り込んだ三浦の腕を掴んで立たせてやると、惚けていた三浦は夢から覚めた様にハッとして、和田の顔を見上げた。目が潤んで何やら顔が紅潮している。
それを不思議に思いながら、「どうした」と和田が聞くと、三浦は目を見開いてそれからワナワナと震えだし、口をパクパクとさせた。
「あ?」
何か喋っているよう様な三浦の口元に、和田が耳を寄せると、何かブツブツと声にならない声が僅かに聞こえる。
「聞こえねぇよ、もっと大きい声で。」
「く、九条先輩に助けてもらっちゃたぁあああああ‼」
「うるせぇ―――!!」
三浦の超音波のような黄色い悲鳴にに耳元にキーンと響いて思わず意識が遠のいた和田は、思いっきり三浦の頭を殴る。しかし興奮した三浦はぎゃあぎゃあと騒ぎたくり、和田にひっついた。
「ぎゃあああ!!どうしよう!!どうしよう和田さん!!カッコいい!!九条先輩超カッコいいっすよおお!!惚れる!!マジ惚れる!!!」
「分かった!!分かったから引っ付くな!!そんで幸せなとこ悪いんだけど、取り敢えずこいつ起こすから手伝ってくれ‼」
「はいっす!!!」
そう言って倒れていた少年に呼び掛ける三浦を見ながら和田は驚きのあまりバクバクとする胸を労わるように撫でた。
「あぁ、こえぇえ。一年坊主の九条信者。」
虎組の組員の構成は、大きく二つのグループに分かれる。
一つは、九条に負けて虎組に入ったメンバー。
もう一つは九条に憧れて虎組に入ってきたメンバーだ。
上層部、所謂幹部と言われる連中は例外で和仁や和田の様に、九条の友達が多かったが、人数の多い虎組のほとんどは、この二つのグループの何れかだ。
そして今年度虎組に入った一年生は、実にその90%が九条に憧れて北工に入学してきた連中で構成されていたため、九条への憧れは並ではない。
この三浦のように、九条は神様、またはどこぞのアイドルのようにして扱われ、深く信仰されているのだ。
「今更なにしに来たんだろうねえ、九条は。」
後ろから掛かった言葉に、和田が振り返ると和仁が脇に倒れた一年を抱えて立っていた。
その顔は和仁にしては少々不満げだ。
そんな副長から一年生を受け取りながら、和田は訝しげな顔をしてみせた。
「どうせ千葉がいる時に来ればなあ、とか思ってんだろ、おめぇは。」
「もちろん。」
悪びれもなく頷いた和仁に和田が呆れていると、少し離れて善戦していた慶介と篤史が寄ってきた。
「よぉ、助っ人サンキューな。二人とも。」
「良いって良いって、でも九条が来て助かったな~。麻里に伝言頼んどいて良かったわ。」
そう言って笑った慶介に、和仁が首を傾げる。
「伝言?」
しかし予想した痛みを感じることはなかった。
なぜなら鉄パイプの男は一瞬にして思いっきり三浦の横に蹴り倒されたからである。
「へ?」
まるでスローモーションのようにしてその男が地面に倒れていくのを目で追って三浦は瞬きをした。
何が起こったのか分からずキョトンとしていると、彼の目の前に影がかかり、三浦は思わず目を疑った。
金色と黒の髪。
思わず見惚れる程の整った顔立ち。
長身で、バランスの良い身体。
その男は間違いなく、虎組総長の、
「「九条!?」」
和仁と和田の声が見事にハモった。
九条は和田と和仁の声に応えず、三浦が起こそうとしていた黒髪の一年の顔を確認して、静かにため息をついた。
「…違う。」
そう言って顔を上げると、その切れ長の目で辺りをギラ、と見渡した。
その眼力に周りの連中が一瞬にして萎縮するのが分かる。まるで蛇に睨まれた蛙だ。
辺りから伝染するようにどよめきが起こった。
「おい、あれ…九条、大雅…?」
「何でここに」
「聞いてねぇよ、大江と和田だけじゃねぇのかよ!」
突然の九条大雅の登場に、相手の陣営が恐怖に乱れるのが和田にも分かった。みるみるうちに相手方の士気が下がっていく。
無理もない。彼らの目の前にいるのは正真正銘、生きる伝説、虎組の総長、九条大雅だ。
早くも逃げ腰になる輩も見受けられる中、九条は低く唸るような声で呟いた。
「どこだ…」
そう言って少し離れた所に倒れている黒髪の男の近くに立った南商の男を見て、九条は信じられないスピードでそちらに走ると、近くにいた連中を人間離れした速さで、次々に床に沈めていく。
その軽やかの身のこなしは、まるで獲物を狩る虎だ。
その九条を眺めながら、和田と和仁が首を捻った。
「な~んで九条がここにいんのかな?」
「さぁ、でも助かったな。これで勝ったも同然だわ。」
ふ~、と息を吐きながら服に付いた埃を払うと、和田は三浦の元に駆け寄った。
「おい、大丈夫か。」
未だポカンとしたまま座り込んだ三浦の腕を掴んで立たせてやると、惚けていた三浦は夢から覚めた様にハッとして、和田の顔を見上げた。目が潤んで何やら顔が紅潮している。
それを不思議に思いながら、「どうした」と和田が聞くと、三浦は目を見開いてそれからワナワナと震えだし、口をパクパクとさせた。
「あ?」
何か喋っているよう様な三浦の口元に、和田が耳を寄せると、何かブツブツと声にならない声が僅かに聞こえる。
「聞こえねぇよ、もっと大きい声で。」
「く、九条先輩に助けてもらっちゃたぁあああああ‼」
「うるせぇ―――!!」
三浦の超音波のような黄色い悲鳴にに耳元にキーンと響いて思わず意識が遠のいた和田は、思いっきり三浦の頭を殴る。しかし興奮した三浦はぎゃあぎゃあと騒ぎたくり、和田にひっついた。
「ぎゃあああ!!どうしよう!!どうしよう和田さん!!カッコいい!!九条先輩超カッコいいっすよおお!!惚れる!!マジ惚れる!!!」
「分かった!!分かったから引っ付くな!!そんで幸せなとこ悪いんだけど、取り敢えずこいつ起こすから手伝ってくれ‼」
「はいっす!!!」
そう言って倒れていた少年に呼び掛ける三浦を見ながら和田は驚きのあまりバクバクとする胸を労わるように撫でた。
「あぁ、こえぇえ。一年坊主の九条信者。」
虎組の組員の構成は、大きく二つのグループに分かれる。
一つは、九条に負けて虎組に入ったメンバー。
もう一つは九条に憧れて虎組に入ってきたメンバーだ。
上層部、所謂幹部と言われる連中は例外で和仁や和田の様に、九条の友達が多かったが、人数の多い虎組のほとんどは、この二つのグループの何れかだ。
そして今年度虎組に入った一年生は、実にその90%が九条に憧れて北工に入学してきた連中で構成されていたため、九条への憧れは並ではない。
この三浦のように、九条は神様、またはどこぞのアイドルのようにして扱われ、深く信仰されているのだ。
「今更なにしに来たんだろうねえ、九条は。」
後ろから掛かった言葉に、和田が振り返ると和仁が脇に倒れた一年を抱えて立っていた。
その顔は和仁にしては少々不満げだ。
そんな副長から一年生を受け取りながら、和田は訝しげな顔をしてみせた。
「どうせ千葉がいる時に来ればなあ、とか思ってんだろ、おめぇは。」
「もちろん。」
悪びれもなく頷いた和仁に和田が呆れていると、少し離れて善戦していた慶介と篤史が寄ってきた。
「よぉ、助っ人サンキューな。二人とも。」
「良いって良いって、でも九条が来て助かったな~。麻里に伝言頼んどいて良かったわ。」
そう言って笑った慶介に、和仁が首を傾げる。
「伝言?」