決戦は土曜日(後編)

それは紛れもない、九条に対する感情。

「(あのやろう…。)」

大体の事情を飲み込んだ隆平は、何とか感情の波を奥底へ押し込めようと画策したが、二人の少女を見れば見るほどそのボルテージが上がってゆくのを感じる。

「うちらは、九条が帰って来るまでここにいるけど、あんたは?」

気丈に振舞う少女の顔を見て、彼女が九条の安否を気遣っていることが知れた。

「(…この人心配で仕方ないんだ。この人達はあいつのことが…。)」

そこまで考えて、隆平は一気に身体中を何かが駆け巡るような衝動に襲われる。

「…あの、もう暗いんで、気をつけて…。」

「は?」

「そしたらおれ、行きます。教えてくれてどうもありがとうございました。」

そう呟くと、隆平は少女の返事も聞かず早足でベンチから遠ざかった。
これ以上少女達の顔を見ることができなかった。

「(知っている。あの男が最低野郎だってことは前々から知っていた。)」

速足で歩きながら隆平は拳をきつく握り締める。
自分でもバクバクと心臓がうるさく脈打つのがわかった。

「知ってるけどよ…ふざけやがって…あの野郎。」

目的は赤レンガ倉庫。
隆平は、完全にブチ切れていた。






「あの馬鹿、どこに行くつもりだ。」

モニターを眺めて焦ったのは康高だ。
隆平がトイレから戻って来たまでは予定通りだったのだが、彼が向かった先は、間違いなく赤レンガ方面である。

「くそ、なんで九条が…!」

九条が来たことにより計画が狂ってしまった。
完全に予定外の展開だ。

駅から赤レンガ倉庫までは十五分もあれば着いてしまう。
隆平に連絡するにも、大人しく言うことを聞くとも思えない。
そして共同で罠を張った仕掛け人に連絡を取るにしても、彼は喧嘩の真っ最中である。

しかしこのままでは、隆平が危ない。
舌打ちを零すと、康高は上着を引っ掛けて慌しく部屋を後にした。








「まずい。」

「まずいねぇ。」

「まずいっす。」

和田、和仁、三浦は、同様にはぁ、とため息をついた。
赤レンガ倉庫裏に連行された虎組一同は三十余人に囲まれて、早速手当たり次第に相手をしたのだが、一向に数が減らない。
それ所か、段々と増えているような気さえする。

「ゴキブリみてぇな奴らだな。」

和田が呆れた様に呟くと、和仁が辺りを見回した。
固まって和仁と和田と三浦、少し離れて応援に駆けつけた慶介と篤史が応戦している。
あちらこちらに倒れているのはほとんど相手側の連中だったが、経験の浅い一年ボーズが三浦を除いて全滅してしまった。

「まだ始まってから十分も経ってないのこのザマとはねぇ…」

和仁は呆れた様に頭を振る。

「教育が甘いよ、和田チャン。」

「俺のせいかよ。」

文句を言われた和田が襲い掛かってきた相手を二人同時に床に沈めながら不服そうな顔をした。それには取り合わず和仁は南商の生徒にカウンターを決めたばかりの三浦の頭をグリグリと撫でた。

「それに比べて春樹は偉いねぇ~。今ので何人倒したの?」

「六人っす。」

そう言って三浦はフン、と鼻を鳴らすが大分息が乱れている。
三浦もそろそろ限界だ。
和仁はちょうど大柄の男をぶん殴っていた和田へ呼び掛けた。

「和田チャン、今何人やった?」

「あ~、わかんねえ。多分10くらい。」

「やった、オレはっ」

そう言って、バットを構えた男が和仁目掛けて振り下ろしたのを、彼は小柄の三浦を抱えながら難なく避けると、その背中に思いっきり蹴りを入れてから笑った。

「15人!!そろそろ逃げないとヤバイぜぇ~?どうしよっか。」

和仁の呼びかけに和田はそうだな、と呟いた。
厳密に言うと「ヤバイ」のは和仁や和田ではなく、やられてしまった連中だ。
見る限り床に伏せていながらも、起こせばまだ走るくらいの余力はあるはずだ。
必要以上に喧嘩を長引かせて不利な状況でギリギリに逃げるよりも、前衛を崩した時点で上手く逃げるのが得策だ。

売られた喧嘩はなぁなぁで済ますのが一番。
逆に売った喧嘩は最後の一人になってもやり抜くのが「虎組」のルールだ。

「じゃあここいらで止めときますか。」

「オッケー!!春樹~!」

「はいっす!!」

返事をした三浦が急いで倒れている仲間の元へ向かう。それを邪魔させないように、和仁と和田が相手の注意を引いた。
倒れた一年坊主が立てないようなら、体格の良い和田や慶介が抱えていけば良い。そうして和田が三浦の方へ視線をやると、いつの間にか三浦の背後に男が一人迫っていて、和田の顔色が変わる。

「三浦!後ろ見ろ馬鹿!」

そう怒鳴られて、振り返った三浦が見たのは、鉄パイプを振りかぶった男の姿だった。
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