決戦は土曜日(後編)

一体何をしているというのだろう。

「…そいつらが中で何をしているか見えるか?」

康高が慎重に尋ねると、電話越しの相手の声が「んん…」と唸る。

『よく見えない…。』

この電話越しの相手も室内でモニターを見ているのだ。店内へのカメラの取り付けは流石に出来ず、外に配置している簡易カメラの映像しかないそうなので、鮮明に姿を捉えるのは難しいようだ。

「そうか」

それに少々がっかりとして声のトーンを落とすと、受話器から笑う声が聞こえる。

『そう気を落とすなよ。こういうこともあろうかと、さっき中に何人か入れたんだ。そいつらの連絡によると、何か数字や誰かの名前の書いたノートに何かを書き込んでいるそうなんだけど?』

「ノート、名前…?」

その言葉を繰り返して康高は、ざわ、と何かが体中を駆け巡るような感覚に襲われた。
ノートに誰かの名前、複数。数字。虎組のメンバー、大江和仁、「面白い事」。

「…」

そうして、ある一つの結論に辿り着いた康高は、湧き上がる感情とは逆に、冷静になってゆく自分に気が付いた。
ざわざわと頭の天辺から爪の先まで冒してゆく負の感情に、自分でも驚くほど従順になってゆく。
黙っている康高を不思議に思ったのか、電話越しの相手が「どうした」と声を掛けてくるが来るが、それどころではなかった。

本当に、ナメた真似をしてくれる。
「面白い事」か。

「隆平を、賭けに使いやがったな。」

言葉にするとその感情は焼き切れるほど鋭く神経を蝕んでいく。
同時にある種の高揚感が沸き起こる。

「上等だ」

そう呟いて、康高はあの無性に腹立たしいヘラヘラとした顔を思い浮かべ、笑った。

梶原かじわら。」

『はいはい。』

梶原、と呼ばれた男は変わらない声色で返事を返してきた。
その声を聞いて康高はふ、と紗希が帰ってくれて良かった、と心のどこかで思っていた。
こんなドロドロで汚い感情を剥き出した自分を大事な幼馴染に見せるわけにはいかない。
まして、隆平になど見せられるはずがない。


「虎組の連中に、罠を張る。」


さあ、覚悟は出来ているんだろうな、大江和仁。






「は…は、はっぶしょい!!!ぁ~…」

盛大にくしゃみをした和仁の目の前におり、その被害を被った三浦が、黙ってナプキンで顔を拭う。和仁は垂れた鼻水をティッシュで拭うと、盛大に鼻をかみ、どこかうっとりした顔で呟いた。

「いやだわぁ~。誰かがオレの噂をしている。誰に想われているのかしらぁ~。」

「おめぇに恨みがある奴だろうな、きっと。」

そう言いながら笑った和田に、三浦がナプキンを握りしめて激しく頷いた。
それを見た和仁は鼻をすすると、「そぉ?」と問い掛けてから薄っすらと笑う。

「美人から恨まれるならそれはそれで良いかもねぇ。どうせ死ぬなら美人に殺されて死にたいなあ、オレ。」

和仁は何やら嬉しそうだ。
その顔は何処か狂気じみていて。これまで幾度となく見た表情に、和田がため息をつく。本気なのか冗談なのか。どちらにしろ悪趣味だ。

「恨まれているなんてさ、少なくともその人の心はオレでいっぱいって事だもんね~。それって、すげぇ快感なんですけど。」

ねぇ?と聞かれて三浦が首を傾げた。
それを見た和田が「良いから。相手にすんな」と言い聞かせる。

「それよりも、どうすんだよ。」

腕を摩りながら呟いた和田に、和仁はニコニコと笑いながら、う~んと呟いた。

「どうしようかねぇ」

そう言って眺めた先は、店の入り口。
先ほどよりも、こちらを見ている視線が増えていたのである。
確実に、一人、二人と。
その中にはガラの悪い連中も何人か混じり始めていて、明らかにこちらへ敵意を向けているのだ。
最初は牽制していた和田や他のメンバーも、段々と数を増やしていく得体の知れない連中に、今は不気味だと気味悪がってしまっている。

「おめぇ、マジで誰かの恨みを買ってんじゃねぇだろーな。」

ポツリと呟いた和田に、和仁は「うーん。」と笑う。

「心当たりが多すぎる。」

笑った和仁に、和田がひくりと顔を引きつらせた所で、店の時計が六時を告げた。
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