決戦は土曜日(後編)




時計は5時半を回った。


段々と空に赤みが差してきた町はゆったりと時間が流れ、穏やかな雰囲気を作り出している。
和仁達のいる店内も柔らかな光が灯され、メニューもランチからディナーへと変わった。

薄紫色の空にゆっくりと雲が流れて行くのを眺めながら、和田はたまらずに欠伸を一つ漏らした。
その隣で三浦がノートの「8時間」の項目にペケ印を付けて、「ううむ」と唸る。

「ほぼ全滅っす。」

そう言った三浦に、どれどれと言って和仁が顔を寄せる。
それに続いて欠伸で出た涙を拭いた和田が目を擦りながら机に置かれたノートを覗き込むと、ニヤリと笑った。

「何だ、あとは俺と和仁の一騎打ちか。」

そう言いながら和田は残った10時間の項目と、番外で付け足された「九条が来る」という項目を指で辿る。

「こりゃ一人勝ちしたらボロ儲けだな。」

「正直ここまで粘るとは思わなかったよねぇ。」

機嫌良く笑う和田にケータイを弄りながら和仁が呟いた。
それには他のメンバーも同感だったらしく、和仁の言葉に各々が複雑な表情で頷いた。

メンバーの殆どは、せいぜい2、3時間だろうと高を括っていたため、最初のほうで大多数が負けていた。
勿論2.3時間以上に賭けた者もいたが、それでも5時間が限度だろうと、ここで残りの者が負け、8時間も経過すると、そこには和田と和仁だけが残った。

「まぁ大穴賭けといてなんだけど、俺もまさかここまでとは思わなかったぜ。」

千葉隆平を甘く見てたな、というのが和田の正直な感想だ。
意外と良い根性をしている。
実際の所は殴られるのが嫌で待って居るだけかも知れないが。
それにしても8時間は凄い。

「でも辛抱強いって言や、俺達だよなぁ。」

はぁ~と和田がため息を付くと、疲れた顔のメンバーが一斉に頷く。
隆平は確かに凄いが、和田達は彼が来る前からここに陣取っている。
和仁の命令で朝早くから配置させられ、入れ替わり立ち代わりで去って行く客の顔を見ながら長時間の滞在を余儀なくされていた。
この長時間、同じ場所に居続ける苦しみは隆平と痛み分けだ。
これは功労賞として、一人幾らか貰わなければ割に合わない。

「できることならもう帰って寝てぇよ…。」

首をポキポキと鳴らしながら回して、和田はため息をついた。

「ダメダメ~最後まで見届けないと~。」

それがオレ達の任務なのだ!と拳を握りながら和田の首に腕を回して来る和仁に「ダル絡みすんな。」と、軽く小突く。

「楽しそうだなぁ。おめぇはよ…。」

そう言ってゆっくりと和仁の腕を外すと、和田は煙草を取り出した。
こうしてここに来た当初からもう何本も吸っているが、店員に注意されることはついになかった。
どうやら店側も長時間居座る派手な不良に、自ら関わりを持つことは好ましくないと判断しているようだ。
和田がタバコの煙を吐き出すと、和仁がニヤニヤと笑う。

「楽しくないの?和田チャンは。」

聞かれた和田は煙を吐き出しながら外を見る。そして相変わらず、ボーっとしながら遠くを見ている隆平を眺めた。

「じゃあ聞くが、『アレ』だけ何時間も観察して楽しいかよ。」

「楽しい。」

被せ気味で強く肯定した和仁を見て、和田はガックリと肩を落とした。
そもそもこいつに聞いたのが間違いだった。
こいつは真性の愉快犯、人の不幸は蜜の味。楽しくない筈がない、と和田は遠い目をしてみせる。
そんな和田が煙草の灰を落とすため、灰皿を取ろうとしたその時。
ふ、と感じた視線に、和田は店の入り口の方へ顔を向ける。

「(まただ。)」

気が付いて和田は眉を寄せた。一時間程前からか。
店の入り口に座る数名の男から視線を感じていた。それは時間が過ぎれば過ぎるほど、注視されているような不躾なものへと変わっていた。
カウンターを見る振りをして確認するが、やはりこちらを眺めながら、何かケータイで連絡を取り合っている。
それに気を悪くして灰を落とすだけのつもりが、ついギュウ、と灰皿に煙草を押し付けてしまった。

「ちょいと、あからさま過ぎやしねぇか。」

和田が少しイライラとしながらそう呟くと、和仁がケータイを弄る手を止めないまま、困った様に笑う。

「やめよーよ。相手にしない方がいいって。」

「暇つぶし位にはなるだろ。」

「でも見ない顔だし。」

虎組の大江和仁と、和田宗一郎と言えば、神代地区では知らない者はいない。そんな男に挑むのはよっぽど腕に自信があるか、あるいはただの馬鹿か、どちらかだ。

和仁はそれがどちらなのか冷静に見抜く事ができる。
今自分達に不躾な視線を送っている輩は、見たところ喧嘩慣れしていない奴らばかり。取るに足らない連中だ。
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