決戦は土曜日(前編)


そうぼんやりと考えて、うつらうつらとしていると、どこからとも無く九条の部屋には不釣合いなファンシーな音楽が聞こえてきて、九条は目を閉じたまま眉間に皺を寄せた。

すると怜奈が、待って待って!と叫んだのと同時に音楽が止んだ。ケータイの着信音らしかった。
だがすぐに怜奈の電話に応対する声で静寂は破られ、九条は益々眉間の皺を深く刻む羽目となったのである。

「はいはーい。うんうん分かってるよ。今?えへへ、九条んち。そうそう。は?もう終わったし!はいはい。」

さきほど遊ぶと言っていた友達らしく、何をどうするだの、何時にどこで食べるだの、あれこれ計画を立てている様子だ。

「え?九条?」

すると会話に自分の名前が出て、九条がぼんやりとした頭で聞いていると、怜奈がちょっと待って、と言うのが聞こえ、彼女の細い手が、寝ていた九条の背中を揺すった。

「ねぇ、これから麻理達と遊ぶんだけど、九条来ない?麻里が来てほしーな、だって。」

起された九条は不機嫌を隠そうともせず「行かねぇ。」と吐き捨てて再びもそもそと布団に潜った。それを見た怜奈は薄く笑うと、やたらと機嫌良く「行かないだってぇ」と電話越しの相手に言うのが聞こえた。
今度話しかけられたらマジでキレる、と九条は思いながら、今まさに夢の世界の住人に、なろうとしていた、
その時

「じゃあ桜町駅前に7時ね。オッケー!またあとで。」

「おい。」

「きゃあ!」

いきなり背後から肩を掴まれて、怜奈が絹を裂く様な悲鳴を上げたのを聞いて、電話越しで「怜奈?怜奈ぁ!?」と慌てふためく声が聞こえた。
慌てて怜奈が振り返ると目の据わった九条が布団から半身だけ起して怜奈の肩を掴み、例えようの無いほど不機嫌な顔をして彼女の顔を見据えて居た。

「び、びっくりした…!え?あ、なんでもない。九条がいきなり起きたからビックリしただけ。ちょっと待って。」

そう言ってケータイから耳を離すと、怜奈は九条を見て怪訝な顔をした。

「も~何よ、びっくりしたじゃん。どうしたの?」

「…桜町駅…」

「は?」

「桜町駅前で待ち合わせなのか。」

何やら苛々としている九条を見据えて、怜奈は不思議に思いながらも首を縦に振る。

「そうだよ。桜町駅前に七時。」

「…気が変わった。俺も行く。」

「はぁ?なんで?」

怜奈が聞くと、電話越しから催促の声がした。怜奈は慌てて電話に戻ると、やはり九条も行くらしい、という事を早急に伝えてから電話を切った。
彼女が振り返ると、九条は起き上がって頭をガリガリと掻きながら、脱いだTシャツを探っていた。いきなり起き上がって着替え始めた男を不思議に思いながら、怜奈は九条に問いかける。

「どういう風の吹き回しよ…。」

「別に。」

無表情のまま着替えをする九条の顔を覗きこむと、怜奈は少し怪訝なをした。

「もしかして、麻里に会いたくなった?」

麻里は九条の好きな巨乳だし、癒し系だし。
怜奈にとっては大事な親友だが、九条関係では一番のライバルと言える。もし、九条が今日の怜奈に満足できずに麻里の所に行くのだとしたら、それほど悔しい事はない。
問いかけて来た怜奈に、九条は「あ?」と彼女の方を向きながら怪訝な顔をした。

「何、麻里来んの?」

あいつベタベタ触ってきて気持ち悪ぃから苦手なんだよな…と九条がボヤいたのを聞いて、怜奈はみるみるうちに満面の笑みになると、裸のまま九条に抱きついた。

「何。」

「九条だーいすき!もう一回やらせてあげる!」

そう言って擦り寄ってくる怜奈を引き剥がしながら、九条はスウェットを着てベットを降りた。

「ちょっと、どこ行くのよ。」

ベットに裸のまま取り残れた怜奈が尋ねると、やはり寝癖の付いた頭をボリボリと掻きながら九条は扉を開けて完結に答えた。

「風呂。」

「な~んだ、ってちょっと!!」

一人突っ込みを入れた怜奈を置いて部屋を出ると「シャワーは女の子に先に譲るのがエチケットでしょ!当たり前に「風呂」って!ばか!」という言葉と同時に枕が飛んできたが、九条に当たる事はなかった。

別に気になっているわけじゃない。
ただ、どうなってるか、見物に行くだけ。

誰に言い訳をするわけでもなく、心の中でそう思いながら、九条は浴室の扉を開けた。





つづく
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