決戦は土曜日(前編)
康高との電話を終えた隆平は、ケータイをぎゅう、と握った。
たった一本の電話がこれほど心強いとは。
「(大丈夫だ。おれにはちゃんと味方がいる。)」
再び頑張って待とう、と気力が湧いてくる。
そうすれば、月曜に堂々と九条大雅に文句が言える。
隆平は深呼吸を一つすると「よし」と呟いた。
「(弱気になるな、長い人生好きでも無い男と約束して待ち呆ける日だってある。前向きに考えよう。)」
貴重な経験と思えばいい、と隆平は目を閉じた。
こうして待っている時間も、いつか自分に可愛い彼女ができた時のための予行練習と思えば苦ではない。
これは、おっちょこちょいな彼女が待ち合わせ時間を四時間ぐらい勘違いしても「お前はドジだなぁ」と笑い飛ばせる位の度量を持つ人間になるための一連の修業だ。
今待っているのは俺様で人間として人の迷惑も顧みないような顔だけの男だが、今にきっと、自分の事を大好きでいてくれる素敵な相手とこの町を歩く日が来るはずである。
今日は近い将来のための予習であり、精神修行の日なのだ。
そしてもし九条がのこのこと現れたら、嫌味の一つでも零してやれば良い。
「(ここまで待ったんだ。レイトショー開始ギリギリまで待ってやろうじゃないか!!)」
そう心の中で叫び、早々と立ち直った隆平は、再び穏やかな顔で九条を待つことにした。
ここが有名なデートスポットだということは周知の事実だ。
今度は可愛い彼女と来る!と胸を躍らせて、隆平は一人悶々と、憧れのデートプランを計画し始めたのだった。
「なんか悟りを開いた仏様みたいな顔になってない?」
「どこが?」
それを遠目で眺めた和仁がはて、と首を傾げるたのに対し、和田が逆に聞き返す。
どう見ても煩悩にまみれた顔にしか見えない。
時々にやぁ、と笑うのがなんとも不気味だ。
「ついに、おかしくなったんじゃないっすかね。」
あわれっす、千葉隆平。と呟いた三浦の声に、和田はひどく胡乱な目をして、「おめぇに言われちゃおしまいだ」と、そっと心の中で思ったのだった。
所変わって、九条邸では。
「ちょっと!」
すぐそばで神経質な声を上げられて、九条は顔を顰めた。
あ~、とダルそうな声を上げて隣を仰ぎ見ると、素っ裸のままの少女の姿。
薄っすらと汗をかいて、ピンク色に染まった肌に、長い髪が揺れてなんとも艶かしいが、九条の理性はその官能的な裸体にではなく、穏やかな夢の世界へ傾いていた。
それを心底気に入らない、と言うように、可愛い顔を歪ませてキツい目で睨んできた少女は恨みがましくベッドを叩きその衝撃でスプリングが揺れた。
「どこの世界に抱いた女を放って寝る男がいるのよ!」
「…ここ」
「ばか!」
暴言を吐いてぶすっとする少女に九条はため息を吐いた。
女は
顔も性格もスタイルも、今まで関係を持った女性の中ではピカ一だったが、少々小煩いのが玉に傷だ。
昼前に呼び付けて怜奈を性急に抱いたのは良かったが、一週間ぶりでついつい激しくしてしまった。
何回目かで失神した怜奈を隣に寝かせ、後始末もそこそこに、自分も疲れて寝ていた所を、目を覚ました彼女に怒鳴られて冒頭の会話に戻る。
失神するまでやられてしまったのは初めてだったらしい怜奈は、当然アフターサービスがあって然るべきだと思っていたらしく、それはもう烈火のように怒ったのだった。
「大体後始末くらいすんのがエチケットじゃないの!?ベトベト!カピカピ!最悪!」
「うるせぇな。」
寝かせろ、と言いながら寝返りを打つと、怜奈は「これから遊ぶ約束もしてんのにぃ」とブツブツ文句を言っている。
「もー勝手にシャワー使うよー。」
そう言った怜奈に「あー。」と生返事を返すと、ギシギシとベットが揺れて怜奈が床に下りる。えーと、パンツパンツ、と言うのが後ろから聞こえて、九条は数時間前に脱がせた紐のような下着を思い出した。
あんなものは下着ではない。紐だ。
女は何でああいう紐で下の安定感が保てるんだろうかと、件の下着に想いを馳せたが、男の九条には当然理解出来るはずもなかった。