決戦は土曜日(前編)



隆平の異変に気がついたのは康高だった。


モニター越しに項垂れるようにしている隆平を見て、紗希があれ?と思う間も無く康高がケータイを手に取ったのだ。
どこかに電話をかけているらしいが誰にだろう、と紗希が首を傾げると、モニターの隆平が電話に出て、ん?と紗希は目をパチパチと見開くと、康高が口を開いた。

「よう、待ちぼうけか、隆平。」

それに合わせてモニターの隆平が笑っているのが見えて紗希は、あ、と小さく叫ぶ。

隆平に電話しているんだと分かったが、なぜいきなりと首を傾げる。

そして画面の隆平と隣の康高を交互に見ながら紗希は康高の腕を掴んで口を開こうとすると、ケータイを耳に当てながら康高は笑い、人差し指を口に当ててそれを制した。
それからケータイの外部マイク設定をオンにして、紗希にも会話が聞こえるようにすると、何事もなかったように隆平との会話を続ける。

「その様子だとまだ来ていないんだな、九条は。」

『来てたら電話でれねーよ。康高から電話かけて来るなんて珍しいじゃん。』

「いや、お前が寂しがっていないかな、と思って。」

わざと含み笑いを持たせ、隆平をからかう様に康高が言うと、ケータイ越しの隆平から一瞬間を置いて「寂しくねぇよ全然!」と反論が返ってくる。その声が少し震えていた事に気が付かない振りをしながら、康高は苦笑した。

「紗希から聞いたぞ。今日は随分早く出掛けたそうだな。待ってからもうかなり経んじゃないか。」

『うん、まぁ。って、そっちに紗希がいるはずだろ!今どうしてる?紗希には黙ってろよ!』

電話越しで慌てた様子の隆平に、康高はため息をついた。

「紗希は今うちのお袋と話している。」

それを聞いて隆平は安堵のため息をつき、その言葉を聞いた紗希は不服そうに頬を膨らませた。
「よかったぁ」と呟いた隆平の顔を確認しようと紗希がモニターを確認すると、隆平は顔を緩ませて笑っていた。

「それで、まだ待つのか?」

『…』

聞きながら、康高もモニター越しに隆平を眺めた。
直接的には言わないが、問いかけには「もう帰って来て良いんだぞ。」という意図を含ませて康高は隆平に伝える。
隆平は少しの間俯いていると、顔を上げてはは、と笑った。

『まだ待ってるよ。』

へぇ、と康高が答えると隆平は「だってよぉ~」と情けない声を上げた。

『もしあのキングオブ俺様が気まぐれで来ておれがいなかったら今度こそ全身骨折コースだわ。だからとりあえず今日のレイトショーが始まるまでは待ってよーかな、と。おれの命かかってるし。』

冗談ぽく笑った隆平に、康高も少しだけ笑う。

「そうか。まぁ程々にな。」

じゃあ、と言って電話を切ろうとすると、隆平が「なぁ」と話しかけてきて、康高はケータイを切ろうとしていた手を止めた。

『ありがとうな康高。お陰で元気でた。』

モニター越しに笑った隆平を見て、康高は苦笑いをした。

「株が上がったもんだな、俺も。」

「無理するなよ。」と付け加えた康高に、隆平は短くうん、と応える。
二人のやり取りを黙って見ていた紗希は、ようやく康高の行動を理解した。
それからいつもと変わらない言い争いをする二人を見る。

「まあMだからな、お前は」

『ちがわい!』

「放置されて気持ち良かったか。」

『黙れ!』

楽しそうに言葉の行き来を楽しむ二人を見て、思わず紗希も声を押し殺して笑ってしまった。
それから康高との言い争いを楽しんだ隆平は、笑いながら康高に告げる。

『康高、おれがんばるよ。』

それを聞いて、康高は当然の様に答えた。

「ああ、がんばれ。」

じゃあな、と言って電話を切った康高はモニターでニコニコとしている隆平を見て、穏やかに笑った。

「やっちゃん。」

今まで黙っていた紗希がくい、と康高の袖を引いた。

「どうした。」

「どうして隆ちゃんに電話したの?」

紗希は既にその理由を理解していたが、敢えて聞いた。
康高は隆平の気分が落ち込んでいることに一瞬で気がついたのだ。
隆平が何を思って何に対して辛いと思っているのか。彼が今何を必要としたのかを理解し、それを与えて緩和してやったのだ。

「泣きそうな顔してたから、なんとなく。」

事も無げに言った康高に、紗希は苦笑いを零した。
隆平の扱いが完璧なのに、それにまるで無自覚。

「やっちゃんって、本当に隆ちゃんバカ」

嬉しそうに笑う紗希に、康高は疑問に思いながらも否定はせずに「まあな」と、呟いたのだった。
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