決戦は土曜日(前編)

大体、来るはずがないという事は分かっているのだが、隆平はやはり帰る気にはなれない。

時間は刻々と過ぎ、人は流れる様に現われては去っていく。
どこから溢れてくるのだろうと疑問に思うほど、人は絶える事なく消えては現れ、消えては現れ、隆平の瞳に映る。

この沢山の人の中で、好きでも無い同性と待ち合わせて、しかも待ちぼうけをくらっているのは、おそらくおれだけなんだろうなぁ、と隆平はぼんやりと考えた。

そしてふ、と目の前を若いカップルが仲睦まじく手を繋いで歩いて行くのが目に入り、思わずその姿を目で追う。
ちょうど隆平と同じ年齢位の男女が、幸せそうに笑いながら目の前を通り過ぎていくのを見て、隆平は純粋に「良いなぁ」と思ってしまった。

少年の隣を歩く少女は、ふわふわとした髪を靡かせ、細い身体に可愛らしい服を身に纏い、うっすらと化粧をしている。

あぁ彼氏のことすげぇ好きなんだな、と隆平はその少女を見ながら本能的に感じた。
隣の男も優しく少女を見ていて、その優しい眼差しに、少年も少女が好きなのだと分かる。

「(両思いなんだなぁ。すげぇ。)」

何が凄いのかも、隆平は分からなかったが、とにかく凄いと思った。
その二人が見えなくなるまで、隆平は視線で追いかけると、改めて自分現在の状況を思う。

罰ゲームで見ず知らずの男に脅迫され付き合わされて、殴られて鼻を折られて、無言の圧力で気圧されて、来るかも分からない偽りの恋人を待っている。
その偽りの恋人に復讐をする、という目的を果たすために自分で決めた事だ。

「(馬鹿みてぇ。)」

ああやって世の中には、愛おしいと思ったり思われたりしている人間が山の様にいるのに、ここで自分はただの一人きりなのだと思うと妙にむなしかった。

もう帰ってしまおうか、という考えが頭の中を過ぎる。
手を繋いだり、笑い合ったり、肩を抱いたりして幸せそうな人々を見て、隆平はすっかり人恋しくなってしまっていた。
しかしここで帰って、万が一、億に一の可能性であの俺様九条様が来たらどうすれば良いのだろう。
そう悩みながらふ、と鞄に目をやり、瞳に映ったケータイ電話を見て、隆平はパッと顔を明るくする。

「わはは!おれっておばかさん!先輩に電話して「具合が悪いので帰ります~」とか言えばいいんだ!」

そうして嬉々としてケータイを取り上げたは良いが、少し考えて隆平は顔を曇らせた。
ケータイのアドレス帳を開いて手が止まる。

「(あぁ。おれってほんと馬鹿。)」

九条のケータイの番号すら知らないんだった。

隆平は眉を寄せた。
これでは連絡のしようがない。それに加えてなぜだか例えようの無い空しさが込みあがって来て隆平はため息をついた。
何だかんだ言って連絡先の一つも知らないのだ。
だが実際には知りたいと思ったことないし、別に知らなくても困らなかった。
なんて薄っぺらい関係なんだろう。と隆平はケータイを眺める。

偽りで、好きでもないのにそばにいて、好きでもないのに一緒に飯食って、好きでもないのに一緒に帰る。
自分は彼の良い所を見出そうともしないし、好きになろうともしない。
そして、それは相手も同じなのだ。

そんな相手といるなんて、苦痛でしかない。
それから隆平は、ふと気が付いて、「そうか」と呟いた。

「だから…罰ゲームなのか…。」

罰ゲームなんだから、いい思いをするわけがないんだ。
九条が自分を選んだのは、自分がそれに相応しい奴だったからだ。
恋人として、という以前に、人間としておれに魅力が無いことを知っていたから、罰ゲームにおれを選んだんだ。

「(なんだ。そうだよな。)」

それから隆平の目に、じわ、と涙が滲ぶ。
ひどく物悲しい気持ちに駆られた。
やはり傷ついているのだと自覚する。

誰だって「好き」だと言われれば嬉しい。
それと同じように、嫌われるのは悲しい。

今この場所で、自分を好きでいてくれる人間は誰もいない。
好きな者同士が笑い合いながら寄り添う町で、一人でいることがひどく恐ろしいことのように思い始めた、

その時だった。

手に持っていたケータイが震えだし、隆平は思わずビクリ、と肩を震わせた。

絶妙なタイミングで掛かってきた電話に、隆平はディスプレイに表示された名前を慌てて確認して、思わず目を見開くと直ぐに小さく笑ってしまった。
どうしようも無く嬉しくて、隆平は通話ボタンを押す。

「もしもし」

『よう、待ちぼうけか、隆平。』

電話越しで憎まれ口を叩く聞きなれた声に、隆平は嬉しくて思わず泣きそうになってしまった。

「康高あああ‼︎」
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