決戦は土曜日(前編)


「あ、ヘンなやつが千葉隆平のベンチの横に座りましたよ!!」

「やっぱ来ちまったな。」

ため息をついた和田に、三浦や他の仲間が少し慌てる。

「隣のやつ、まわりをうかがってますよ、どうしますか!?」

「どうってもなぁ…」

助ける義理もねぇしなぁ、とやる気無くポリポリと頬を掻く和田と、笑顔のままの和仁はお互いの顔を眺めた。








「ちょっと、この人何?」

隆平の隣で挙動不審な動きをする男をモニター越しで見ながら紗希が後ろを振り返ると、康高は大して驚いた様子も無く、事も無げに答える。

「多分スリだろう。」

「えぇ、ちょっと何落ち着いてるの、やっちゃん!!」

「まぁ見てなさいって。」

そう言って、モニター画面を顎で促すと、隣の男がついに隆平の鞄の中の財布をサッと取り、懐に隠したのが見えた。






「あぁ、完全にとりましたよ!!」

窓越しで現場を眺めていた三浦が慌てながら、立ち上がった。

「こら!待ておめぇら!」

血相を変えて身を乗り出した三浦と数人の仲間は、和田が制するのも構わずに店を飛び出して走って行ってしまった。それを眺めてあちゃあ…、と顔を顰めた和田を見て和仁が笑う。

「いやぁ、良い奴らだなぁ。」

「…おめぇはよ…!!」

相変わらず我関せずの和仁に和田は、だんだんと胃が痛くなるような感覚に襲われた。
そうして和田が頭を抱えて窓を眺めると、ちょうど三浦と他の不良たちが立ち去ろうとした男を思いっきり蹴り倒したのが見えたのである。





「あ!!凄い!!」

隆平の財布を持ち去ろうとしたスリは、どこからともなく現れた数人の少年達の手によって背中を蹴り倒された上に周りを囲まれて完全に逃げ場を失っていた。

「やっちゃんが落ち着いてたのは、こういうことだったんだね!!」

しかし瞳をキラキラと輝かせて振り返った紗希が見たのは、康高のどこか浮かない顔だった。

「どうしたの?」

康高は目を細めてモニターで犯人を捕まえた少年達の顔を凝視して、首を傾げていたのだ。

「こいつら…九条の仲間じゃないか。」

そう呟いた康高に紗希がえ、と声を上げる。
確かに今スリをした犯人は、康高の情報屋仲間によって取り押さえられる予定だったのだが、この面子は康高の脳内にしっかりとインプットされている、九条のチーム「虎組」のメンバーだった。

確か下っ端の、と康高は目を細める。

それから直ぐに近くの交番から警官が駆けつけて、スリ犯はあえなく御用となったが康高は浮かない顔をしていた。

「(なぜ奴らがここにいる?)」

モニター越しの少年達は、男から隆平の財布を取り出すと、警官に渡しベンチで間抜け面をして眠る隆平を指差した。
それに警官が何やら御礼を言って、少年達に笑いかけるが、少年達は首を横に振ると、そそくさとどこかに立ち去ろうとしていた。
それに気が付いた康高は素早く画面の切り替えを行う。

「…やっちゃん?」

紗希の呼びかけに答えないまま、康高は切り替えた画面の先で、虎組の少年達が隆平のいるベンチから数十メートル離れているカフェに入っていくのを見届けた。

「…?」

その光景を見て、康高はますます怪訝な顔をする。

「(なんだこれは。只の偶然か?)」

考え込んでしまった康高の隣で、紗希が頭にハテナマークを浮かべたまま首を傾げた。











一方。

「おめぇらはなぁ…」

帰ってきた三浦と不良少年達は、仁王立ちで待ち構えていた和田によって床に正座をさせられていた。

「良い事をするのが悪いとは言わねぇけどな、状況を見て動けよな…」

はぁ、とため息をつく和田に、縮こまった三浦が口を開く。

「でも千葉隆平は悪くても、千葉隆平のサイフは悪くないっすよ…。」

「口ごたえすんじゃねぇ!!」

ぼそぼそと呟いた三浦は有無を言わさず脳天に和田の鉄拳を食らった。頭を押さえて痛みに悶える三浦を横目で見ながら、他の不良達は一言多い三浦を憐れに思った。

「いいか、今度千葉隆平になにかあっても助けには行かない!ついさっき千葉隆平への憎しみを燃えさせただろ!三分も経たねぇうちに忘れてんじゃねぇよトリ頭どもが!」

「えぇ~10分はたってますって。」

「口ごたえすんな!」

またしても一言多い三浦の言葉に、和田は鉄拳をもう一発彼の脳天に落とす羽目となった。

「俺らは娯楽のためにここにいるんだ。千葉隆平の警護やってんじゃねぇんだからな!分かったか!分かったら返事!」

「へ~い。」

「ほんとに分かってんだろうなぁ…」

がく、と頭を垂れる和田を見ながら和仁が笑った。そして、ベンチを見ると、当の隆平は警官に起されて、財布を貰いながら注意を受けていたのが見えた。










「世の中には親切な人が居るもんだなぁ…。」

自分の財布を眺めながら隆平はしみじみと幸せをかみ締めていた。
人の温かさを感じた…、とニコニコと笑う。

「でもなんだかんだ言って、もう四時間になんのか…。」

時計を見て、指を折りながら数える。九時半にここへ着いたからもう四時間にもなっていた。
やっぱり来ないよな、と隆平は駅を眺める。
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