決戦は土曜日(前編)

そんな紗希や康高、はたまた不良の視線に気がつくはずもなく、隆平はもぐもぐとおにぎりを租借しながら満足げな表情をしていた。

「いやぁ…いい涙流した…。」

晴れ晴れとしながら隆平は家から持ってきたお茶でおにぎりを流し込む。
モヤモヤや不安な事、嫌な事が胸の内にあるときは、泣いてしまうのが一番だ。
身体の中の余計なものを全部出してくれるし、泣いて疲れた後のご飯は格別に美味しい。
やはり感動系の漫画を持ってきて良かったと心底思う隆平であった。

「しかし漫画を読むのも流石に飽きたな~…」

同じ姿勢で細かい字や絵を見ていたせいか、首を回すとポキポキと音が鳴る。そうして、二つ目のおにぎりに手を伸ばした。

「今頃紗希と康高は一緒に遊んでんだろーなぁ…」

おれもこんなとこいないで混ざりたかったな、と隆平は呟いて、おにぎりを頬張りながら空を仰いだ。

「はぁ~良い天気…」

のんびりと流れていく雲を眺めながら、暖かい日差しがポカポカと気持ちがいい。夏が過ぎてから凶器の様な太陽の日差しはそのなりを潜め、10月の少し肌寒い季節にはちょうど良い心地よさを提供してくれている。

「あぁ~…寝ちゃいそ~…」

その春先と紛うような陽気に、隆平の意識はふわふわと揺れる。
このまま九条が来なくても、一人でいる時間は苦ではない。
むしろこの心地よさを邪魔されたくないな、と思う。

「……すげーきもちいー…」

そよそよと柔らかい風に暖かい日差し。
ベンチの背もたれに寄りかかり、隆平はウトウトとしながら、小さな瞬きを数回繰り返すと、目の前で揺れる木々の緑と空の青さを目蓋に残して意識を手放した。




「あ、隆ちゃん寝ちゃった。」

モニターを眺めたまま紗希が呟くと、康高が「ん?」と聞き返しながら紗希の隣へ移動してくる。そして相変わらず長い前髪から僅かに見える目でモニターを確認すると、途端に眉間に皺を寄せた。

「あぁ、この馬鹿たれが。」

康高が眠る隆平に発した言葉に紗希が苦笑した。それに構わず康高は機嫌悪そうにパソコンに向かってブツブツと呟く。

「飯を食いながら寝る奴があるか、あぁ、手から握り飯が落ちるだろう、お茶もフタが開けっ放しだ、だらしない奴だな、鞄も開けっ放しだし、無用心すぎるぞ隆平。」

「ほんと、過保護なとこ変わんないね。」

紗希が肩を振るわせて笑うと、康高が怪訝な顔をする。

「いや、おかしいと思ったんだ。こいつ高校に入ってから割と自分のことは自分で出来る様になって、成長したな、と感心していたんだが、俺の前だけでちゃんとしてたな。一人の時はまだこんなにだらしないのか。」

あとで説教だ、とため息をつく康高に紗希は笑う。

「隆ちゃんも隆ちゃんなりに頑張ってるんだよ。中学の終わりに、やっちゃんに避けられた時期があったでしょ?その原因が自分がやっちゃんを頼り過ぎたからって未だに思ってるんだよ。だからちょっとでも努力しようと思ったんじゃない?」

紗希がモニターの隆平の顔を突く。紗希の言葉に口を噤んだ康高はモニターの間抜けな寝顔を眺めた。

「愛されてるよね、やっちゃん。」

「…」

笑われて、康高は大きな拳で紗希の頭をグリグリと押した。
下で紗希がいたいよ、と喚くのが聞こえたが、康高は手を止めなかった。

ほんの少しだが、赤くなった顔を見られたくなかったのだ。











「泣いて飯食って寝ちまったぞ。」

「まふへがひっふへ。」

「三浦、食いながら喋ってんじゃねーよ。」

こちらも隆平を観察しながら昼ごはんタイムである。
おにぎりを頬張りながら寝てしまった隆平を眺め、口いっぱいにBLTサンドを詰めて喋ろうとする三浦に、和田が注意をする。
それにコクコクと頷いた三浦は、モグモグと口の中の物を租借して飲み込み、水で流し込んで一息付いてから、真面目な顔で先ほどと同じ言葉を言う。

「まるでガキっすね。」

「…おめぇには言われたくねぇよな。」

ニコニコと笑う和田に、えぇ~何でですかぁ、と三浦が尋ねたが和田は三浦に答えないまま、和仁に話しかける。

「俺ぁ九条と待ち合わせて寝る奴ははじめて見たよ…。」

「奇遇だねぇ、オレも。」

ニコニコとケーキを食べる和仁を見ながら和田は昼飯…?と呟いたが和仁には聞こえていない。

「でもあのままじゃアブねぇっすよ、千葉隆平。」

隆平を眺めたまま、三浦が呟いたのを聞いて、他の仲間達も頷く。

「少なくとももう何人かには目ぇ付けれてますね。」

「なぁ。絶好のカモじゃんなぁ。」

口々に言う不良達を眺めながら、和田がため息をついて、和仁を見る。和仁は既に三個目のケーキを口にしていた。
そうして、クリームのついたイチゴを和仁が口に入れたのと、隆平の寝こける隣に、一人の男が座ったのはほぼ同時だった。
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