決戦は土曜日(前編)
「でも単純過ぎるあいつらの将来が心配だなぁ~、オレは。」
「おめぇが言うな。」
咄嗟に突っ込まれた和仁がえぇ~、と非難の声を上げるのを聞いて、和田は低い声でボソボソと和仁に話しこむ。
興奮して窓ガラス越しに、隆平に向かい暴言を吐いたり殴る真似をする他の不良には聞こえないように。
「大体この罰ゲームの発起人はおめぇだろうが。おめぇが全部取り仕切れよな。何でこんな所まで来て俺が説教の真似事なんかしなきゃなんねんだよ。」
そう言ってため息をつく和田の顔を、和仁は覗き込む様にして笑った。
「あらぁ。ご不満?ジャンケン大会でオレに負けたのはだぁれ?」
ニコニコとする和仁に和田はへいへい、と返す。
ジャンケン大会で負けた和田と他の不良たちは、勝者和仁の命令で本日の千葉隆平監視係に任命されたのだ。
一度「なんでも云うことを聞く」と誓った手前断るわけにも行かず、必然的に九条、和仁の次に権力を持つ一人である和田が他の不良を纏める事になる。
それを理解していたはずではあるのだが、早くから叩き起され、こう何時間も千葉と一緒に待たされたのでは文句のひとつでも言わなくてはやっていられなかった。
「でもさぁ」
考えを巡らしていた和田に、和仁が悪戯っぽく笑う。
「あいつらに千葉隆平の同情の余地無し、なんて言ってるけど、オレには和田チャンが一番千葉君に同情している様に見えるんだけどねぇ。」
「…」
ニコニコとする和仁に、和田は明後日の方向を向いた。
バレていたかと、和田は疲れた様な顔をしてしまった。
「まぁ、普通に考えりゃ一番被害被ってんのはあいつだからな。罰ゲームで勝手に指名されて好きでもない奴、しかも男と付き合う羽目になって、挙げ句組の人間から恨みを買っちまって。憐れったらねぇよ。」
「へーよく見てんじゃん。」
「その上貴重な休みに来ない人間ひたすら待って、その影ではこうして賭けの対象にされてるなんて。憐れで憐れで仕方ねぇ。もし千葉の立場が自分だったら、と思うとゾッとするね。」
「九条には同情しないの?あんな子と付き合うなんて罰ゲームでもキツいでしょ〜。男の子でももっと綺麗所ならまだ良かったろうに。」
悪戯っぽく笑った和仁に、和田は興味無さそうにさぁな、と答えて煙草を取り出した。
「あいつはイイ女とばっか寝てっから、たまには良いだろ。ゲテモノも。」
煙草に火を付けてライターをしまうと、和田も悪戯っぽく笑った。
それを見て笑みを深めた和仁は、漏れ出す笑いを抑えきれずにふふ、笑う。
「ひでぇなぁ、和田。」
「酷いのはおめえだろ。」
間髪いれずに答えた和田の口から漏れた白い煙が和仁に当たる。
「千葉隆平の不幸も九条の不幸も、てめえが全部仕組んだ事じゃねぇか。俺から言わせりゃお前の方がこえぇ鬼に見えるけどな。」
さっき仲間から「鬼」呼ばわりされたのを根に持ってるなぁ、と和仁が苦笑すると、でも、と和田が目を細めて笑う。
「そういう状態の人間を見て、同情しながらも、暇潰しでそこそこ楽しんでる俺も酷い奴には違ぇねぇわな。」
その和田の言葉を聞いて、和仁は今度こそ声を上げて笑った。
「でもまぁ、千葉君が泣いてる理由を、九条が来ないから、とあいつらが思ったのは良い事だよねぇ」
「あ?」
「あいつらが勘違いしたんだ、テレビ越しで不鮮明ならもっと勘違いすると思わない?」
ニコニコと楽しげに笑う和仁に、和田は煙草をくわえたまま怪訝な顔をした。
「一番重要な奴も、上手く勘違いしてくれれば良いなぁ。」
先程和仁がテレビ出演に応じたのにはわけがある。あのカメラのアングルに惹かれて誘いに乗ったのだ。
九条がテレビを見る可能性などは低い確率だろうが、二度寝して再び起きるにはいい刻限だし、九条は起きたら水を飲みながらテレビを見るのがいつものパターン。
可能性にかけてみたが結果はどうだろうか。
和仁はようやく落ち着いた様子の隆平を眺めた。
未だ目を擦っているが、漫画鑑賞は一時中断らしく、隆平は鞄から手作りらしい、大きなお握りを取り出して頬張っている。
それを見て和仁は、その姿が思いの他可愛らしくて噴き出した。
準備万端だなぁ、と和仁は愉快そうに笑う。
隆平は最初から長期戦の構えでこの決戦の場に来ているのだ。
その見た目からでは分からない負けん気の強さに思わず顔が緩む。
駅前の大きな時計が12時を告げる。
隆平が駅に来てから、既に二時間半が経った。
九条大雅は、まだ来ない。
「永遠に来ないんじゃないかしら。」
ぶすっとした紗希がパソコンの前で正座しながら口を開いた。そうして自分の言った言葉に「ちがう」と頭を振る。
「永遠に来なくても良いもん、苦情なんて。」
「…なんだか、今九条の言い方がおかしくなかったか…」
紗希の後ろで、彼女が終わらせた宿題の丸つけをしながら康高が怪訝な顔をする。
それを無視してパソコン画面を食い入るように眺める紗希は、うっとりとため息をついた。
「見てよやっちゃん…おにぎりを頬張る隆ちゃん可愛すぎじゃない?ハムスターみたい。」
ニコニコとする紗希に、康高はマル付けをしながらも覚えのある隆平の顔を思い出し、深く頷いたのだった。
「おめぇが言うな。」
咄嗟に突っ込まれた和仁がえぇ~、と非難の声を上げるのを聞いて、和田は低い声でボソボソと和仁に話しこむ。
興奮して窓ガラス越しに、隆平に向かい暴言を吐いたり殴る真似をする他の不良には聞こえないように。
「大体この罰ゲームの発起人はおめぇだろうが。おめぇが全部取り仕切れよな。何でこんな所まで来て俺が説教の真似事なんかしなきゃなんねんだよ。」
そう言ってため息をつく和田の顔を、和仁は覗き込む様にして笑った。
「あらぁ。ご不満?ジャンケン大会でオレに負けたのはだぁれ?」
ニコニコとする和仁に和田はへいへい、と返す。
ジャンケン大会で負けた和田と他の不良たちは、勝者和仁の命令で本日の千葉隆平監視係に任命されたのだ。
一度「なんでも云うことを聞く」と誓った手前断るわけにも行かず、必然的に九条、和仁の次に権力を持つ一人である和田が他の不良を纏める事になる。
それを理解していたはずではあるのだが、早くから叩き起され、こう何時間も千葉と一緒に待たされたのでは文句のひとつでも言わなくてはやっていられなかった。
「でもさぁ」
考えを巡らしていた和田に、和仁が悪戯っぽく笑う。
「あいつらに千葉隆平の同情の余地無し、なんて言ってるけど、オレには和田チャンが一番千葉君に同情している様に見えるんだけどねぇ。」
「…」
ニコニコとする和仁に、和田は明後日の方向を向いた。
バレていたかと、和田は疲れた様な顔をしてしまった。
「まぁ、普通に考えりゃ一番被害被ってんのはあいつだからな。罰ゲームで勝手に指名されて好きでもない奴、しかも男と付き合う羽目になって、挙げ句組の人間から恨みを買っちまって。憐れったらねぇよ。」
「へーよく見てんじゃん。」
「その上貴重な休みに来ない人間ひたすら待って、その影ではこうして賭けの対象にされてるなんて。憐れで憐れで仕方ねぇ。もし千葉の立場が自分だったら、と思うとゾッとするね。」
「九条には同情しないの?あんな子と付き合うなんて罰ゲームでもキツいでしょ〜。男の子でももっと綺麗所ならまだ良かったろうに。」
悪戯っぽく笑った和仁に、和田は興味無さそうにさぁな、と答えて煙草を取り出した。
「あいつはイイ女とばっか寝てっから、たまには良いだろ。ゲテモノも。」
煙草に火を付けてライターをしまうと、和田も悪戯っぽく笑った。
それを見て笑みを深めた和仁は、漏れ出す笑いを抑えきれずにふふ、笑う。
「ひでぇなぁ、和田。」
「酷いのはおめえだろ。」
間髪いれずに答えた和田の口から漏れた白い煙が和仁に当たる。
「千葉隆平の不幸も九条の不幸も、てめえが全部仕組んだ事じゃねぇか。俺から言わせりゃお前の方がこえぇ鬼に見えるけどな。」
さっき仲間から「鬼」呼ばわりされたのを根に持ってるなぁ、と和仁が苦笑すると、でも、と和田が目を細めて笑う。
「そういう状態の人間を見て、同情しながらも、暇潰しでそこそこ楽しんでる俺も酷い奴には違ぇねぇわな。」
その和田の言葉を聞いて、和仁は今度こそ声を上げて笑った。
「でもまぁ、千葉君が泣いてる理由を、九条が来ないから、とあいつらが思ったのは良い事だよねぇ」
「あ?」
「あいつらが勘違いしたんだ、テレビ越しで不鮮明ならもっと勘違いすると思わない?」
ニコニコと楽しげに笑う和仁に、和田は煙草をくわえたまま怪訝な顔をした。
「一番重要な奴も、上手く勘違いしてくれれば良いなぁ。」
先程和仁がテレビ出演に応じたのにはわけがある。あのカメラのアングルに惹かれて誘いに乗ったのだ。
九条がテレビを見る可能性などは低い確率だろうが、二度寝して再び起きるにはいい刻限だし、九条は起きたら水を飲みながらテレビを見るのがいつものパターン。
可能性にかけてみたが結果はどうだろうか。
和仁はようやく落ち着いた様子の隆平を眺めた。
未だ目を擦っているが、漫画鑑賞は一時中断らしく、隆平は鞄から手作りらしい、大きなお握りを取り出して頬張っている。
それを見て和仁は、その姿が思いの他可愛らしくて噴き出した。
準備万端だなぁ、と和仁は愉快そうに笑う。
隆平は最初から長期戦の構えでこの決戦の場に来ているのだ。
その見た目からでは分からない負けん気の強さに思わず顔が緩む。
駅前の大きな時計が12時を告げる。
隆平が駅に来てから、既に二時間半が経った。
九条大雅は、まだ来ない。
「永遠に来ないんじゃないかしら。」
ぶすっとした紗希がパソコンの前で正座しながら口を開いた。そうして自分の言った言葉に「ちがう」と頭を振る。
「永遠に来なくても良いもん、苦情なんて。」
「…なんだか、今九条の言い方がおかしくなかったか…」
紗希の後ろで、彼女が終わらせた宿題の丸つけをしながら康高が怪訝な顔をする。
それを無視してパソコン画面を食い入るように眺める紗希は、うっとりとため息をついた。
「見てよやっちゃん…おにぎりを頬張る隆ちゃん可愛すぎじゃない?ハムスターみたい。」
ニコニコとする紗希に、康高はマル付けをしながらも覚えのある隆平の顔を思い出し、深く頷いたのだった。