決戦は土曜日(前編)
「おめぇらはなぁ…」
それらを見てため息をつく和田に、和仁が愉快だと言わんばかりにケタケタと笑い始めた。それを非難がましく和田が見咎めたが、和仁は構わずに腹を抱えて目には涙まで浮かべてヒーヒーと笑っている。
「あのなぁ。」
そんな和仁を無視して話を進めようとした和田だったが、それは隣の和仁によって遮られた。
和仁は背の高い和田の首に腕を絡ませ、頭を自分の方へ寄せる。
「黙っときなよ~、そっちの方が面白いから。大体気がつかない方がわりぃよ、あれは」
和仁が和田にだけ聞こえる様に言うと、和田は顔を顰めた。
そして不良達の怪訝な視線を潜り抜け、数十メートル程も離れた、ベンチの千葉隆平を見た。
「(全くだ。こいつらはなぜ気がつかねーんだ。千葉隆平が手に持った漫画本が見えないのか。)」
和田が呆れたようにため息をつく。
某海賊漫画の15巻。
遠い目で眺めた和田にも覚えのある漫画だ。メンバーになるトナカイの心暖まる傑作の名場面だ。
「(あれは泣く。無茶苦茶泣く、ハンパ無く泣く。だからつまりそういうことなんだけどな。)」
あの男がマジで九条のことが好きなわけがないだろう、と和田は頬杖をついて遠くの隆平を眺める。
大方、万が一九条が来た時にどやされないために、奴はあそこで何時間も待っているのだろうし、漫画はその暇つぶしでしかない。少し考えれば分かりそうなものだが。
それをどうにかこのお馬鹿な仲間達に伝えたかったのだが、この不良達ときたら純粋に千葉隆平が可哀相だというのだから始末におえない。
賭けの対象に同情してどうするんだ…と和田が額に手をやり、呆れた様に溜息をついた。
三浦などは過去に、同じような経験があるのか目に薄っすらと涙を溜めている。
それを見た和田は益々頭を抱えてしまう。
なんだってこう、うちの連中は喧嘩は達者なくせにどこか抜けているんだろう、と和田は本気で思い悩んだ。
大体リーダーの九条からして、どこか抜けている。
喧嘩も強く、顔も良く、カリスマもあり、頭だって決して悪くは無いのに、何もかもに無関心で人の話を聞かない。
それ故、とんでも無く間抜けな姿をたまに目撃する和田は意味も無く泣きそうになる。その場では威厳ある虎組の総長は只のアホにしか見えない。
同じく隣の和仁も喧嘩は強く、顔も良く、頭も良いのに性悪の愉快犯だ。
知能犯と言えば聞こえは良いかも知れないが、時たま幼稚過ぎる一面があり、手に負えない子供のように無邪気な悪ガキに変身するのだ。
そして他の連中も喧嘩は強いが、涙脆かったり、妙に人の事を気にしたり。お年寄りを大事にしたり、子供に優しかったりと、やたらと良い奴が多いのだ。
神代地区最強の不良集団…。
和田の目は遠い。
「(そういえば、屋上で和やかにジャンケン大会が催された時点で、一応幹部である俺は何か言うべきじゃなかったのか…。)」
和田はそう考えたが、いや普通にノリノリで参加しちまってたわ俺、と更に頭を抱えた。
しかしこれでは下の者に示しがつかない、と和田は咳ばらいを一つして、真面目腐った顔で淡々と話し始めた。
「言っとくけど、千葉に同情の余地は全く無いと断言しておく。あんなクソ野郎は十時間でも百時間でもあそこで一人待つのが相応しい。」
その言葉を聞いた不良たちが、驚いた様に立ち上がると口々に喚き立てた。
「和田さんひどい!あんた鬼だよ!」
「和田さんには良心がないんすか!みそこなったっすよ!」
何故か必死な仲間を見た和田は、机をバンと叩いて、するどい目で不良たちを見回す。
和田流の「黙れ」という合図だった。その和田の合図にビビッて黙った不良達に和田は静かに言い放つ。
「良いか…千葉はおめぇらの大好きな憧れの九条大雅を全力でぶん殴ったにも関わらず、のうのうと俺らの居場所に入り込んでいるような場違い野郎だぞ。」
するとピクっ、と不良達の肩が揺れる。
「おめぇらが大好きだけど怖くて近寄れない九条大雅になんの努力もせずに近づいて、今や千葉隆平は九条を一人占めしていると言っても過言じゃねぇ。」
更に、不良達がゆっくりと顔を上げた。
色々と思いだしたのか目が少し血走っている。
よしきたとばかりに、不良達に和田は追い打ちをかける。
「そんな奴に同情出来るのか!おめぇらの九条へ対する忠義心はそんなものなのか!あぁ!!?」
「うぉおお!俺等が間違ってましたぁああ!」
「あんな奴死んじまえば良いんだぁあああ!」
「オレだって虎組はいってから九条さんとは二回しか話したことねぇのにぃい!」
「この恨み晴らさでおくべきか千葉隆平~!!!」
和田の言葉に焚きつけられた不良達は、先ほどとは一遍して眉を吊り上げ口ぐちに隆平への恨みの言葉を吐きだした。
それを見た和仁が再び取り出した漫画から目を離さずに和田に感謝の意を述べる。
「いやぁ~、流石は虎組の教育係。子どもの扱いはお手の物だねぇ」
「…おめぇはよぉ…」
呆れた和田に、和仁は笑顔を返す。
和田は九条や和仁と同学年であり、虎組では五本の指に入る幹部だ。そもそも和田の喧嘩のセンスに惚れ込んだ和仁が最初期の虎組へ引き込んだのか始まりで、和田自身は2人に対して仲間意識はあるが、憧れなどは特にない。
だがその強面には似合わず、面倒見が良い兄貴肌タイプだ。そのため希望に胸を膨らませて虎組にやってきた新入りの面倒をよく見てやっている。