決戦は土曜日(前編)


『てか九条、彼女いるってほんと?テレビで和仁君が言ってたんだけど。』

だから最近遊んでくれないの?と聞いてくる女に九条は軽い眩暈を覚えた。勘弁してくれ、と言わんばかりに大きな溜息を吐く。しかし誤解を与えたままでは彼女が引き下がらない事を九条はよく知っていた。

彼女は「九条の女」の中でも自他共に認める「九条の一番の女」だったのだ。
もちろん束縛を嫌う九条が、この女の恋人気どりの行為を良く思うはずもなかったが、九条にもこの女を手放せない理由はあった。

女はとびきり顔がよく、良い身体をしていたのだ。

「…彼女なんかいねぇよ」

いかにも面倒くさそうな声色で答えると、受話器の向こうからえ~?と疑問の声が上がる。
嘘は言っていなかった。女ではないのだから。ましてや好きでも無いのだから。

『じゃあ、今から会おうよ。』

「は?」

思いがけない提案に九条の顔が険しくなる。
電話越しでもその雰囲気を悟ったのか、女が言いわけのようにポツポツと答えた。

『だってもう一週間も会ってないじゃん。九条もここ一週間他の子と会ってないんでしょ~。溜まってないの?』

抜いたげるよ、と囁かれそういえば、と九条は思い出した。
隆平と付き合いだしてからは、隆平や和仁との時間が生活のほとんどを締めている。
そう思い返していると「ねぇ」とまた甘い声が電話越しに響いた。

『家にいるなら今から行くよ、駄目って言わないから良んだよね?』

そう言ってクスクスと笑う声に、まぁ、と曖昧に答えると、九条はまた小さくため息をついた。
先ほどの豆粒ほどの画面を思い出して、なぜ泣いていたのだろうと考える。その自分の思考に気がついて九条はクソ、と悪態をついた。
それからグルグルと巡る思考を無視して、女に呼びかけた。

「おい」

『なに』


「(あぁ、畜生、心の中で色々なモヤモヤが渦巻く。泣く程嫌なら早く帰ればいいだろ。何時間も待って、頭悪いんじゃねぇのか。いい加減からかわれてるって事に気がつけよ。)」

「来るなら早く来い。」

横柄でぶっきらぼうな命令口調に、女が嬉しそうに「わかった」と応えたのを聞いて、九条はいよいよ頭が痛くなってきた。












「ぐずっ…うぅ…」

流れる涙を止める術はなく、隆平の頬を次から次へと流れてゆく。周りをゆく人はそんな隆平を気に留めることもなく、自分達の楽しみだけを追いかけている。
隆平は鞄からハンカチを取り出すと、滂沱に溢るる原因を根本から抑えると、また一つ、しゃっくりをあげた。

それを遠目から眺めていた不良達は、こぞって怪訝な顔をしていた。
泣いている隆平を、最初は揶揄していた不良達も、隆平の泣く時間が長ければ長いほど、段々とその顔を暗くしていった。

「もうああして15分になりますよ…」

不良のうちの一人がポツリと呟くのを聞いて、和田がため息をつく。

「俺に言っても仕方ねぇだろーが。」

そう言って肩を竦めた和田がなぁ、と隣を煽ると持参した漫画本を手にした和仁が「うーん」と生返事をする。
それを眺めてはぁ、と和田同様に他の不良もため息をついた。

桜町に和仁が現れたのは20分ほど前。

ガラス張りのカフェの窓に張り付いて、和田達に手を振っていたのを、仲間の三浦が発見。和田に「馬鹿やってねーで早く中に入ってこい」と促され、和仁がヘラヘラと笑って頷いた所を、取材に来ていたテレビ局の連中に捕まったのだ。

和仁は派手で見栄えが良く、美形だったためだろう。隆平にバレるのでは無いかと慌てた和田が、和仁を店内へ引っ張ろうとすると「君もカッコイイねぇ」と、逆に捕まりそうになり、和田は慌てて店内へ逃げ込んだのだ。

そして和仁は結局インタビューに応じてしまった。
後に喧嘩では負けなしなのにテレビという芸能界パワーの前には流石の不良も気圧されてしまいました、と和田は語る。

結局そこから店内の不良達はインタビューを受ける和仁ばかりに集中してしまい、肝心の隆平のことを綺麗さっぱり忘れてしまっていた。
そして帰ってきた和仁に「で、千葉君はどんな様子?」と聞かれてようやく思い出し、慌てて確認したところ既に泣いていたのだ。

「なんか、段々可哀相になってきた…」

不良の一人がそう呟いたのを聞いて、三浦も「あ、オレも」と呟いた。

「いやぁ、なんか千葉隆平ってマジで九条さんのこと好きなんじゃねぇかな。」

そう言った三浦に、和田がはぁ?と聞き返す。

「好きなやつがデートでこないとか、オレでも凹むっすよ、フツーに。」

そう呟いた不良の表情には同情の色が浮かんでいる。
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