罰ゲーム開始
そして運命の放課後。
体育館裏に向かっていた九条は、遠目から見えた相手に言葉を失った。
後ろから事の成り行きを見守るため(勿論監視と面白がるため)にやって来た和仁は、いきなり足を止めた九条の背中にぶつかり、顔をしかめる。
「なんだよ九条、いきなり止まんないでよ。」
頬を膨らませる和仁に、九条はギギギと音が出そうなほど、ゆっくりと振り返った。
「おい。」
「なに?」
「どういうことだ。」
「え?なに?あ、もしかしてテレてる?いや~無理ねぇか!罰ゲームとは言え、九条から告白なんて初めてだもんね。ほらほら、そんな怖い顔で行ったら嫌われちゃうよ~。」
バシバシと無遠慮に背中を叩く和仁の頭を、九条は凄まじい形相でガシっと掴んだ。
「お前、」
「あだっだだだ!ちょ痛っ!こら馬鹿力!」
ぎゃあぎゃあと喚く和仁に構わず、九条は今まで聞いた事のないような声を出した。
九条の見間違えでないとすれば、これからお付き合いするという相手は。
「どう見ても、男じゃねぇか。」
そう、体育館裏で待っていたのはどう見ても男だった。
ごくごく普通の黒髪。学ランにパーカー。特に目立った印象は受けない平凡な顔。身長は平均よりやや小さめで、普通なりにまあ可愛い顔立ちをしているような気がする。
だが紛れもなく、そいつは膨らんだ胸も尻も無ければ、柔らかく長い髪、甘い香りを何一つ持たない「男」だ。
「オレ、付き合う子が女の子だなんて一言も言ってないよ。」
しれっと答えた和仁に、九条は自分の堪忍袋の緒が音を立てて切れたのを確かに聞いた。
「ふざけんじゃねぇえええ!」
振り上げられた九条の拳を見てギャ!!と叫びながら、なんとか逃れた和仁は必死に弁解をはじめた。
「待った!違うんだ九条、オレにも言い分がある!」
「死んでから好きなだけ言ってろ!」
「だって仕方ないじゃん!ウチの学校工業高校だから女の子あんまりいないんだよ!しかも大体誰かの彼女だし!」
「だからって男はねぇだろうが!」
「たまには良いじゃん!正直女の子はもう飽きてるでしょ!?男子からしか得られない栄養がきっとある!」
「ねえわ!殺すぞ!」
「それにあの子探すのも大変だったんだからね!どこのグループにも属してない、オレの良心が選んだ当たり障りのない普通の子!ゲームで付き合う程度の子に、わざわざリスクが高い子選ぶのはバカバカしいでしょ!?」
一気にまくし立てられ、九条はぐ、と言葉に詰まった。和仁の言葉は一理ある。他の組の女に手を出したとなると後々ひどく面倒な事になるのは一目瞭然。
組にはなるべく縁の薄い奴の方が良いという道理は筋が通っている、と九条は脳内では納得がいったが、いかんせん感情の整理が追いつかない。
「だから男ってか!?じゃあ俺はやりたい時にどこに突っ込めっつーんだ、アイツの鼻ん穴か!?」
「おしりの穴らしいよ。」
「殺すぞ!!!!!!」
「カッカしないでよ、短気だなあ九条は。」
「誰のせいだと思ってんだ…!」
「そりゃあジャンケンの弱い九条のせいでしょ。」
図星をつかれて行き場の無い怒りから九条の目が怪しく光ったが、和仁は気にせず親指をグッと立てて爽やかな笑みを浮かべた。
「まぁ、何事も経験ってことですわ。」
そんな悪気の欠片もないような和仁の笑顔を前にして、九条が彼を思い切りぶん殴ったのは言うまでもなかった。