決戦は土曜日(前編)



そんなに嫌なら、来なきゃいい。



耳元でそう言われたような気がして、九条は目が覚めた。
それからしぱしぱとする目を擦り寝返りをうつと、シンプルなデザインのデジタル時計を眺める。
そこに11:30分と表示されているのを寝ぼけ眼で確認すると、小さくため息をついた。
和仁を家から追い出し二度寝してからもう二時間近く経っていた。

「…」

起き上がった九条は寝癖の付いたままの頭ボリボリと掻く。
夢の中で見た少年の顔を思い出して、何故かイライラとしていた。

「(この時間ならまだ待ってるな。)」

そう思いながら九条は枕もとにあったケータイ電話を確認するが、誰からも連絡が来た様子はない。
和仁を家から追い出す際に「ゲームが終わったら電話するね~」と言われたのを思い出す。
ゲームの終わりとは即ち、隆平が帰った事を意味する。
九条はおもむろに立ち上がりベッドから抜け出すと、部屋を出て階段を降りた。

誰もいない家の中をゆったりと歩き、リビングに入ると机に置いてあるリモコンを手に取り、慣れた手つきでテレビを付ける。
それから台所へ行くと冷蔵庫からペットボトルに入った水を一本取り出して、それを手にしたまま九条はいつもの様にリビングのソファに身体を沈めた。

テレビで中年の男性アナウンサーが、芸能界のスキャンダルなどを口喧しく報道しているのを暫くぼんやりと眺めていると、芸能コーナーが終わり、休日のデートスポットの案内が始まった。
可愛らしい女性アナウンサーが大きな遊園地の紹介をし始めたのを、覚醒しきれていない頭で聞き流す。
興味はないが今の時間は他に面白い番組もなく、チャンネルを変える気にもならなかった。
その遊園地の特集をただ眺めていた九条は、そういえば何回か寝た女が、ここに連れて行けと煩くせがんでいたなと思いだした。

「こんなとこのどこが楽しいんだか…」

テレビ画面で興奮しながらキャラクターに抱きつくアナウンサーを見て、九条は呟く。
残念ながら喋るネズミに金を払うほど九条の心は広くなかった。
しつこく言い寄った女は、機嫌を悪くした九条に一発殴られて彼の前から姿を消した。

「あ~~…勿体ねぇ…」

あれはなかなか良い具合だったのに、と九条は思い出して溜息を吐く。
それから、ペットボトルの蓋を取ると水を口に含んだ。

『それでは次は未来都市、桜町駅周辺の特集ですっ』

アナウンサーの明るい声と共に桜駅の映像が流れて、九条は思わず水を吹き出した。

「…!!」

その衝撃にしばし画面を見たまま固まった九条は、ハッ、と我に返ると噴き出した水で濡れた顔を寝巻き代わりにしていたTシャツで拭い、ソファに座りなおす。


「(違う、別に気にしているわけじゃねぇ。)」

そう自分に言い聞かせながらも、九条は次々に映し出される駅周辺の映像から目を離す事は出来ずに、カップルまみれの画面を見る。休日のためか人通りが多い。
後から後から人が流れる様に画面を横切って行くのを見てから九条は目を細めた。

「(って、こんな大勢の中から見つかるわけが…)」

そう考えてから、九条はまた我に返りブンブンと首を振る。
違う!!と心の中で叫び、イライラとしながら九条は頭を掻いた。
それからゆったりとした動作で額に手を当てると、はぁ、とため息をつく。


「(何してんだ、俺は。)」


額から滑るように掌を口元へ持ってきて、テレビから視線を外すと机の上のリモコンが目に入った。

そうだ、こんな番組やってるから気になっているつもりになってんだ、と冷静になるとチャンネルを変えるべく机のリモコンに手を伸ばす。
それから先ほど飲み損ねた水を口に含みながら、リモコンをテレビに向けた。

『カップルが多い桜町ですが、一人で行くには寂しいですよね、恋人がいない!そんな貴女は現地で素敵な恋を見つけても良いかもしれませんね!私も駅でカッコいい子を見つけちゃいましたよ!こんにちは~。』

『ど~も~』

「!!!!」

アナウンサーに紹介された見覚えのある男に、九条は再び水を吹いた。

『お名前教えてくださ~い。』

向けられたマイクにニコニコとする赤い髪の少年は所謂、世間様向けの甘い笑顔でカメラに向かって聞き慣れた間延びした声で挨拶をする。

『大江和仁で~す、ぴちぴちの17歳で~す。』

よろしくね~女の子大好きで~す、と手を振る幼馴染に九条は、唖然としたまま口から滴り落ちる水を無意識に拭った。

『今日は桜町に何しに来たの?デート?』

尋ねてきたアナウンサーに和仁は愛想良く笑って「ちがいますよ~。」と手を振った。

『オレ今彼女いませんから。今日は友達とゲームしに来ましたぁ~。来てない友達もいるんで家でテレビ見てるかも知れませんね~、九条~見てる~?』

「見てねぇよ!!!!」

カメラに向かってヒラヒラと手を振る和仁に、九条は画面越しで怒鳴り散らすと、チャンネルを変える事も忘れて、机を蹴った。
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