決戦は土曜日(前編)
「は?」
『あはは。まぁそういう反応になるよねぇ~。』
驚いた和田の顔が容易に想像出来たらしく、和仁は電話越しで声を上げて笑った。それにひどく困惑した和田は怪訝な顔つきになる。
「まさか仕組んでねぇよな…」
何回かこういう賭けをしてきたが、和仁は持ち前の勘からか負けなしだ。大穴をついて、成功するようなタイプだった。
だが結果全て知っているような賭け方は、仲間内では若干名だが良く思っていない者もいる。
声を低くして唸るように言うと、それとは対照にのんびりとした声色で返事が返ってきた。
『まさか~。逆に九条が来にくい状況に仕立てたつもりだけど。』
ほう、と和田はまだ信用しきれていないような曖昧な返事をした。
確かに九条がデートに現れるように仕組むのは相当困難であることが推測できたので、とりあえずは据え置いてやる、と答えた。
「けどおめーが愉快犯っつーのは知ってたけどな。そんな博打打ちだとは知らなかったぜ。」
『やだなぁ、さっき和田が言ったんじゃない。』
ん?と和田が首を傾げると、まるでそれが見えているかのように、電話越しの相手は笑う。
『一人勝ちするには、誰も賭けてない所にしなきゃ。』
そう呟いた声からは表情までは分からなかったが、やけに真剣さを帯びたような声に聞こえた。
「これが今まで隆平に起こったこと。俺が知る限りでは、全部だ。」
ふう、と長い息を吐いて、康高は紗希を正面から見据えた。
可愛い顔は苦痛に歪められ、赤い唇は悔しさからか噛み締められ、少し白くなっている。
「なにそれ…。」
それから握り締めた拳に視線を落とし、より一層強く握った。
「そうだと知ってたら、今日は何が何でも隆ちゃんに着いて行ったのに…!」
そして現れた男の股間を思い切り蹴飛ばしたのに…!と、地を這うような声で呟き、さも悔しそうな顔をした紗希に、康高は青ざめた。
「お前ね、目の前にいる少年を怯えさせるようなことを言うのはやめろよ。」
それがどれ程痛いかというのをリアルに想像してしまった康高は、何故か自分に降りかかる災難のように全身が強張ったのを感じる。そして長い付き合いからこの少女ならば実行しかねない、という結論に至り、より恐怖を煽った。
そんな康高を紗希はギッと睨むと立ち上がる。
「大体やっちゃんは何しているのよ!やっちゃんがもたもたしているからこういう事になるんじゃない!」
声を大にして怒る紗希に、康高はギョッとする。
「紗希、声落とせ。」
「隆ちゃんが好きならさっさと奪いなさいよ!」
「お前!」
まるで家中に響くような声で紗希が叫んだので、康高は慌てて紗希を抱きこむように腕に収めると、その可愛らしい口を片手で押さえ、紗希を抱いたまま部屋のドアをそっと開け、廊下を覗き込む。
幸いにもこの騒ぎを聞きつけて、由利恵が来る気配は無く康高はふぅ、とため息をついた。
「へふふぁは~!!」
「何がセクハラだ…」
静かにドアを閉めると腕の中の紗希がもごもごと康高を非難するように声を発したのを聞いて、康高は大きなため息をつくと、紗希を解放した。
「あの、後生ですからうちでそういう発言は謹んで下さい。」
疲れたような顔をする康高に、紗希は本当のことでしょ、と言い切った。
康高が隆平のことを好きだというのがバレたのは今年に入ってからだった。
指摘された康高は、それこそ心臓が止まりそうなほど驚いたが、康高の態度で結構前から気が付いていた、と笑う少女を前に耳まで赤面したのは記憶に新しい。
だが「私はやっちゃんを応援する!」と言った紗希に驚いたのは、彼女も隆平が好きだという事実を知ったからだ。
紗希は兄妹という垣根を越えて隆平が好きなのだ。
でも、と悲しそうに紗希が笑ったのを、康高は今でも忘れられずにいる。
『紗希は、隆ちゃんの妹だから。』
その笑顔が全てを物語っていた。紗希は隆平にとって、妹以外になるつもりはなかった。自分の好意は隆平を苦しめるだけだから、隆平の幸せを奪ってしまうものだから。
彼女は隆平が好きだからこそ身を引いたのだ。
そして同じ気持ちを持つ康高に託した。
その笑顔を見て泣きそうになった康高は、紗希に約束した。
隆平を想う気持ちは共に同じで。
「何よ、やっちゃんが隆ちゃんを幸せにするって言ったんだからね!」
少女は女だが、彼とは家族で。少年は他人だが、彼と同じ男で。
それぞれが持つハンディに耐え切れなくなった紗希は諦めて身を引いた。
そして、康高は。
「ああそうだな悪かった。でも頼むからもう少し声を落としてくれ。頼むから。」
世界で一番大事だと思う隆平のことを諦めきれず、こうして今日ももがいている。
『あはは。まぁそういう反応になるよねぇ~。』
驚いた和田の顔が容易に想像出来たらしく、和仁は電話越しで声を上げて笑った。それにひどく困惑した和田は怪訝な顔つきになる。
「まさか仕組んでねぇよな…」
何回かこういう賭けをしてきたが、和仁は持ち前の勘からか負けなしだ。大穴をついて、成功するようなタイプだった。
だが結果全て知っているような賭け方は、仲間内では若干名だが良く思っていない者もいる。
声を低くして唸るように言うと、それとは対照にのんびりとした声色で返事が返ってきた。
『まさか~。逆に九条が来にくい状況に仕立てたつもりだけど。』
ほう、と和田はまだ信用しきれていないような曖昧な返事をした。
確かに九条がデートに現れるように仕組むのは相当困難であることが推測できたので、とりあえずは据え置いてやる、と答えた。
「けどおめーが愉快犯っつーのは知ってたけどな。そんな博打打ちだとは知らなかったぜ。」
『やだなぁ、さっき和田が言ったんじゃない。』
ん?と和田が首を傾げると、まるでそれが見えているかのように、電話越しの相手は笑う。
『一人勝ちするには、誰も賭けてない所にしなきゃ。』
そう呟いた声からは表情までは分からなかったが、やけに真剣さを帯びたような声に聞こえた。
「これが今まで隆平に起こったこと。俺が知る限りでは、全部だ。」
ふう、と長い息を吐いて、康高は紗希を正面から見据えた。
可愛い顔は苦痛に歪められ、赤い唇は悔しさからか噛み締められ、少し白くなっている。
「なにそれ…。」
それから握り締めた拳に視線を落とし、より一層強く握った。
「そうだと知ってたら、今日は何が何でも隆ちゃんに着いて行ったのに…!」
そして現れた男の股間を思い切り蹴飛ばしたのに…!と、地を這うような声で呟き、さも悔しそうな顔をした紗希に、康高は青ざめた。
「お前ね、目の前にいる少年を怯えさせるようなことを言うのはやめろよ。」
それがどれ程痛いかというのをリアルに想像してしまった康高は、何故か自分に降りかかる災難のように全身が強張ったのを感じる。そして長い付き合いからこの少女ならば実行しかねない、という結論に至り、より恐怖を煽った。
そんな康高を紗希はギッと睨むと立ち上がる。
「大体やっちゃんは何しているのよ!やっちゃんがもたもたしているからこういう事になるんじゃない!」
声を大にして怒る紗希に、康高はギョッとする。
「紗希、声落とせ。」
「隆ちゃんが好きならさっさと奪いなさいよ!」
「お前!」
まるで家中に響くような声で紗希が叫んだので、康高は慌てて紗希を抱きこむように腕に収めると、その可愛らしい口を片手で押さえ、紗希を抱いたまま部屋のドアをそっと開け、廊下を覗き込む。
幸いにもこの騒ぎを聞きつけて、由利恵が来る気配は無く康高はふぅ、とため息をついた。
「へふふぁは~!!」
「何がセクハラだ…」
静かにドアを閉めると腕の中の紗希がもごもごと康高を非難するように声を発したのを聞いて、康高は大きなため息をつくと、紗希を解放した。
「あの、後生ですからうちでそういう発言は謹んで下さい。」
疲れたような顔をする康高に、紗希は本当のことでしょ、と言い切った。
康高が隆平のことを好きだというのがバレたのは今年に入ってからだった。
指摘された康高は、それこそ心臓が止まりそうなほど驚いたが、康高の態度で結構前から気が付いていた、と笑う少女を前に耳まで赤面したのは記憶に新しい。
だが「私はやっちゃんを応援する!」と言った紗希に驚いたのは、彼女も隆平が好きだという事実を知ったからだ。
紗希は兄妹という垣根を越えて隆平が好きなのだ。
でも、と悲しそうに紗希が笑ったのを、康高は今でも忘れられずにいる。
『紗希は、隆ちゃんの妹だから。』
その笑顔が全てを物語っていた。紗希は隆平にとって、妹以外になるつもりはなかった。自分の好意は隆平を苦しめるだけだから、隆平の幸せを奪ってしまうものだから。
彼女は隆平が好きだからこそ身を引いたのだ。
そして同じ気持ちを持つ康高に託した。
その笑顔を見て泣きそうになった康高は、紗希に約束した。
隆平を想う気持ちは共に同じで。
「何よ、やっちゃんが隆ちゃんを幸せにするって言ったんだからね!」
少女は女だが、彼とは家族で。少年は他人だが、彼と同じ男で。
それぞれが持つハンディに耐え切れなくなった紗希は諦めて身を引いた。
そして、康高は。
「ああそうだな悪かった。でも頼むからもう少し声を落としてくれ。頼むから。」
世界で一番大事だと思う隆平のことを諦めきれず、こうして今日ももがいている。