決戦は土曜日(前編)

勘の良い康高は、紗希の怒りが何に対してのものなのか、それだけで分かってしまい観念したように溜息をついた。
隠すつもりはなかった。だがやはりバレてしまった、と思う気持ちの方が強い。

「黙ってて悪かった。」

言うタイミングがなかった、というのは言い訳がましいが、それは本当のことだ。
時期を見て言おうと思っていたのだ。
それを聞いて、紗希は軽く頭を横に振る。

「いいの。でも全部話して。この数日で隆ちゃんに起きた出来事は全部。」

真剣な目の紗希に隠し通す事は無理だと悟った康高は、とりあえず中入って座れ、と紗希に促した。
そして紗希が定位置に腰を下ろすと、隆平が九条に呼び出された所からぽつり、ぽつりと話始めた。











「ここだな」

鼻息をフンと鳴らした隆平は、鼻に走った痛みに顔を極限まで歪めた。
駅前で変な顔をする隆平を指差す女の子が、母親に制されている。
指をさされた本人は女の子に微妙な笑みを送ったが、顔の痛みが勝ったおかげでその試みは失敗に終わった。

隆平が桜町に着いたのは、丁度九時半。
本当は八時半には着く予定だったのだがハラハラしすぎて、降りる駅を三つも通り越してしまい、慌てて向かいの電車に乗ろうとしたがギリギリで発車された。
次の電車でようやく桜町駅に着いたかと思うと今度は切符が見付からず慌てて探して駅構内をウロウロしていた所を不審者と間違われた上、駅員に職務質問をされ、誤解だと説得した所でやはり切符は見付からず、結局二回目の切符代を泣きながら払う羽目になった。

「朝から不運すぎるぜ…おれ。」

そう言いながら、駅前に出るとすぐ目に付いたのは大きな観覧車と、空高く聳える巨大なビル。
港町として有名なこの地域一体は近年「未来都市」としての開発工事が進められ、日本で一番高いビルや、大きな観覧車、アミューズメントパークなどがひしめいている。
連日テレビで紹介され、今をときめく恋人達のデートスポットとして名を馳せていた。

その名に恥じず、休日の今日はまだ昼前だというのに幸せオーラを振りまいたカップルで溢れかえっている。
それを遠い目で眺めながら隆平は呟いた。

「ふふ…今一番ホットな町、桜町にいるというのに、一人心寒い可哀相なおれ…。」

そうぶつぶつ呟くと隆平は駅から見通しのきく駅構外に置かれたベンチに腰掛ける。
ここならば出口が一つしか無い駅で、九条がいつ来てもわかるはずだ。

「第一目立つから心配ねぇよな。」

そう言いながら、ごそごそと鞄につめた文庫を取り出す。
空は相変わらず綺麗に晴れていて、隆平は思わず目を細めた。
隆平の座るベンチは丁度いい具合に木陰が出来ていて、そよそよと吹く風が気持ちいい。

「のんびり待つか…」

そう言って隆平は静かに本を開いた。








「和仁。千葉隆平が来たぜ」

駅構内にあるガラス張りの喫茶店から、数人の少年が数十メートル先の隆平を苦々しく睨んだ。
その中のリーダー格らしい、銀色の髪をした男がケータイ越しで、電話の相手に隆平の様子を報告する。

「駅外のベンチに座って本読んでる。」

『おっけ、和田たちも朝からお疲れ~。』

電話越しから聞こえる間延びした声に、銀髪の男は隆平を眺めながら目を細めた。

「今が九時半ちょい過ぎか。待ち合わせが十一時っつたか。まだ一時間半もあるな。どーする?」

『いいよ、もう今から始めよう~。遅かろうが早かろうが、千葉君が待つことに変わりはないから。』

「相変わらずいい趣味してんのな。」

そう言いながら、和田と呼ばれた男は周りの少年達に合図を送った。
すると机の上に置かれたノートが開かれる。
そこには一ページごとに二から十の数字が書かれており、その下に「小山①」や「ショウ③」などと名前と数字が書かれていた。

これはつまり、各ページに書かれた数字は、隆平が待つ予想時間、そしてその下に書かれたのは自分がどこに賭けたか、というサインと、何口賭けるかというものである。
一口千円、と汚い文字で書かれた注意書き。
つまりページ数が4で「達也 ②」なら、隆平が四時間待つのに達也は二口(二千円)賭けたことになる。

「あとは俺とおめぇだな。俺は、もう決まってっから。十時間に十口。」

そう啖呵を切ると、ノートに記入していた不良の一人が軽く笑う。

「和田さん、十時間なんて誰も賭けてないっすよ。」

「バカ、誰も賭けてねぇのが良いんじゃねぇか。」

そう言って笑うと、和田は再び電話越しの和仁に話しかける。

「そういうわけだから十時間には賭けんなよ、和仁。」

すると、あはは、と和仁が笑った。

『だいじょーぶ。オレももう決まってるから』

次の瞬間和仁が言った言葉に、和田はケータイを持ったまま驚きに目を見開いた。

『オレはねぇ、九条が来る、に二十口』
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