決戦は土曜日(前編)

「…どういう意味だ。」

和仁の言葉に九条は眉を潜めた。

「あ、ご心配なく。別にオレが九条の変わりに千葉君とデートするとかじゃないからさぁ」

「じゃあ何だ。」

布団から覗かせた顔を眺め、和仁はベットに顎を乗せながら九条と目線を合わせる。
それの行為に九条が再び怪訝な顔をするのを眺めて和仁は笑った。

「千葉君が何時間待ってられるか、うちの組のメンバーでお金賭けんの。」

和仁が笑ったまま人差し指と親指で輪を作る。

「お前…」

その言い分に何故かムッとして九条は半身を起しかけ、和仁を睨んだ。
その意外な反応に和仁は少し驚いてから、直ぐに表情を戻す。
それからいつもの間の抜けた声で少し意地悪な返答をした。

「良いじゃん別に~。それとも自分の恋人を賭けに使われるのは嫌?」

首を傾げる和仁に九条は言葉に詰る。それから「…誰もそんな事言ってねぇだろ」と不機嫌な顔のままため息をつき、また布団に潜った。
それからたっぷりと間を置いて、九条は静かに寝返りを打つと和仁に背を向けた。

「勝手にしろ。」

「やった~!!」

ニコニコと無邪気に笑う和仁が早速、というようにケータイを取り出す。
組の奴らにゲーム開始の号令をかけるのだろう。

「ところで本当は千葉君と何時に集合だったわけ?」

電話をかけながら、寝る体制に入った九条に、和仁が問いかけた。
それから九条は暫く黙ったまま考えこむと、「11時」と答えた。

散々嫌だと言っていたが九条は九条でしっかりと集合時間を決めていたらしい。
だがそれを隆平に言うのを忘れた事など俺様九条様が覚えているはずがなかった。
布団に隠れた九条を眺めながら、和仁は大層嬉しそうに笑いながらケータイを耳にあてる。

「あ、もしもし?オレオレ。えっとさぁ、昨日言ったことだけど…」

明るい声で和仁が話しているのを聞きながら布団の魔力に抗えず、九条は重くなる瞼を静かに閉じる。

なぜだか昨日見た膨れっ面の隆平の顔を思い出して、妙な気分になった。








閑静な住宅街の外れに、その家はある。

広い敷地にある大きな一軒家は、庭に植えられた竹のトンネルを潜ると、その全貌を目にすることが出来る。
四季折々の花々に囲まれ、整然とした佇まいは大正時代に建てられた木造の家だった。
重厚で立派な屋敷である。

ピンポーン。
聞きなれたインターホンの音が響く。
それから時間をあけずに、扉の向こうから足音と錠を外す音が聞こえたかと思うと、昔ながらの引き戸が開いた。そこから出てきたのは見慣れた姿の長身の少年。

「おはよう、やっちゃん。」

ニコッ、と笑いながら挨拶をする紗希を眺めて康高も笑った。

「おはよう、紗希」

千葉紗希が比企康高の家を訪れたのは、隆平が出掛けてから一時間ほど経ってからだ。
紗希がお邪魔します、といつもの様に行儀良く玄関で靴を脱ぐと、奥から声が掛かった。

「紗希ちゃん、おはよう」

「おはようございます、由利恵さん。」

いつもの様にニコニコと頭を下げる康高の母、由利恵は奥ゆかしい古き良き日本の女性だ。着物に身を包み慎ましく働く姿は近所でも評判だ。
だが康高を育てあげただけあって、この女性はほどほどの茶目っ気も持ち合わせている。
現に「おばさん」と言われるのを嫌がって幼い紗希や隆平に「由利恵さん」と呼ぶように本人が躾けたのだ。

「朝早くからお邪魔してすみません。」

「良いのよ、康高の可愛いお客様ですもの。まだ朝食から間もないでしょうから、頃合を見て何か甘いものをお出ししましょうね。」

「わぁ、ありがとうございます。」

嬉しそうに笑う紗希に、由利恵は上品に微笑むと「ゆっくりしていらしてね」と言い、暖簾を潜り奥へと消えていった。

「はぁ…今日も素敵…由利恵さん…。」

紗希がうっとりしていると、そりゃどうも、と軽く流した康高が頭を掻きながら奥の部屋へと進んだ。その後を追いながら紗希は長い廊下から比企家の庭を眺める。

「思ったよりも早く来たんだな、今日は。」

そう言いながら自分の部屋に入る康高を、紗希はドアの前で黙って眺めた。
その紗希の様子を怪訝に思いながら康高はどうした、と声をかけた。

「今日、朝早くから来たのには理由があるの。」

可愛い顔から表情を消した紗希は、改まって口を開くと真っ直ぐに康高を見詰めた。

その視線に康高は長年の勘から悪い予感がした。
紗希は大層ご立腹らしく、背後から黒いオーラが見える。
その凄みのある顔に、康高は何度となく本当に隆平と紗希は双子なのだろうか、と疑問に思っていた。アホ面の隆平が怒っても可愛いだけだ。

「あなたにお話があります、比企康高君。」

紗希は笑顔だったが、目は笑っていなかった。
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