決戦は土曜日(前編)
「あれ、何時だったかなぁ…」
そう呟き箸を口に銜えたまま、隆平は眉間にしわを寄せた。
そうして、ふと昨日のやりとりを思い出した。
昨日恐怖のデートが決定した直後、屋上で九条と隆平のデートの計画を取り仕切ったのはなぜか和仁だった。
『このチケット買ったとこでしか使えねーの。だからえーと、待ち合わせ場所は桜町駅前で良いんじゃないかな。時間は何時がいいかしら~。』
『なんでお前が決めてんだ。』
『なんでって、九条はこういうの苦手でしょ~。あんまり早いと九条が起きれないから駄目でしょ~。つか前売りは別に時間指定ないんだよね~。だからいつでもOKなんだけど。千葉君は何時が良い?』
『いえ、おれは言われたとおりの時間と場所に現れます。おれのことはどうかお気になさらず…すべてはお二人のご意志のままに…』
『千葉君白目になってるよ~。そんな楽しみ?照れちゃってかーわいい!!ねぇ九条。』
『失神しかけてんだよ』
『今思ったけど千葉君て肌白いよね!』
『血の気が引いて青いんだよ』
『もう、九条ったらどうしてそう空気読めないわけ~!?』
『黙れ!!おい、鐘鳴るぞ!!テメェはもう帰れ!!』
『じゃあ時間は二人で決めなよ~。オレ的には昼前くらいが人少なくておすすめ~』
『あ…はい…じゃあ、あの、しつれいさせていただきます。』
そうして隆平はフラフラと教室に帰り、康高に泣き縋ったのである。
あの時点では決めていない。
だが隆平は九条と二人での帰り道も、待ち合わせの話をした記憶はない。
はて。
隆平の顔からはみるみるうちに血の気が引いてゆく。
「(おれたち待ち合わせ時間、決めてなくね?)」
カラン、と隆平が持っていた箸が落ちるのを両親と紗希が不思議そうに眺める。
「箸が落ちた。」
「あらやだ、不吉。」
のんびりと両親がご飯を平らげるのを見ながら、隆平は完全にパニックに陥っていた。目の前で父が隆平の卵焼きをくすねたのにも気が付かず、隆平の全身から嫌な汗が流れ出す。
「隆ちゃん?」
心配そうな顔をした紗希が隆平の顔を覗き込む。
どうしたものか、どうしたものか。
まさか、まさかとは思うが。万が一。いや、一億分の一の気まぐれで九条が今日の待ち合わせに来たとしよう。
そこに自分が居なければどうなるのだろうか。
奴は激昂するのではないか?
下校時も少し遅れただけで小言を言うような心の狭い男だ。
怒らないはずがないだろう。
今度は鼻どころでは済まれないのではないか?
そう悶々と考える。
九条を待たせて隆平が現れない、というのも九条への復讐としてはなかなか乙だ。
自分よりも下だと思っている奴が待ち合わせに遅れるどころか現れないというのは、相手の自尊心をズタズタにすることはできる。
だがそれは最終段階の話だ。今実行すべきことではない。
つまり今日約束の時間、約束の場所に自分がいないということは、すなわち。
「死に値する。」
ぼそっと呟いた隆平に、両親はもうさほど関心は持たずに、既に母は食器を片付け終え、父はリビングでテレビを観ていた。
ただ一人、妹の紗希は奇怪な兄をジッと眺めていたが、呟いた隆平の言葉を聞いて更に怪訝な顔をした。
そんな妹に構わず、結論にたどり着いた隆平は青い顔のままバッと顔を上げて時計を確認した。
七時半。
時間的には余裕だ。
もうこれしか方法はない。
自分の命を守るために。
「紗希…。ごめんな今日は先に行く。」
「うん?」
「おれは、今日…八時には家を出ねばならん…」
早めに行って、とりあえず何時間でも待つ。
もし午後に九条が来る予定なら、それこそ数時間は待たなければならないが迷っている暇はない。
奴が来るのか来ないのか分からないが、もし来るのだとしたらそれしか方法はない。
決心した隆平は残った朝食を残らず平らげると、食器を重ねて流し台に持って行った。
それから長期戦に備えて黙々とおにぎりを作り始めた。
まだまだ長期戦に備えて用意しなければならないものが山ほどある。
隆平は完全に戦にでる武士の構えだ。
決戦は土曜日。
種目は耐久戦。
勝つために行くのではない。
自分の身を守るために行くのだ、と隆平は決心とおにぎりを固めたのであった。