決戦は土曜日(前編)



決戦は金曜日、とはよく言ったものだ。
しかし、決戦が土曜日の場合も勿論ある。



けたたましく鳴る目覚まし時計に起こされた隆平は、寝ぼけ眼のままリビングに向かい朝食の並べられた机についた。

「おはよ。随分と早いのね隆平。今日は雨かしら。」

ダイニングからひょっこりと顔を出した隆平の母は、息子の寝ぼけ顔を眺めながら彼の向かいに座り新聞を読んでいる父に話しかけた。

「さぁねぇ、槍かもねぇ。」

父は三面記事を熟読しながら、手元に置いてあったテレビのリモコンの電源を押した。
するとテレビで可愛いお姉さんが「今日は全国的に晴れる見通しです。」と、なんとも爽やかに言ったのを聞き、新聞から顔を上げると驚いたようにテレビを凝視した。

「ちょ!晴れだって!」

「あらやだそれ誤報よ。あ、でも朝から全国に槍が降るなんてショッキングなニュース報道できないわよねぇ。高齢化社会だもの、四人に一人の国民が朝から心臓麻痺起こしちゃ大変よ。」

「お母さん、今日も冴えてる!」

両親の寸劇を見ながら、隆平は空ろな目で味噌汁を一口飲んだ。そんな息子の反応は気にせず、エプロンをとった母が父の隣に座ると、父は新聞紙を畳み机の上に静かに置き、真剣な面持ちで隆平に話しかけてきた。

「それで何を企んでいるんだ、息子よ。」

その台詞を聞き、ついに隆平は両手で机を叩きながら立ち上がって力の限り叫んだ。

「なんなんださっきから!朝から喧嘩売ってんのか!」

「だって、珍しく早起きだからびっくりして。」

「なら一言「あら、今日は早いのね」くらいに済ましとけよ!」

「やだ隆平ったら朝からご近所の迷惑になるからあんまり大きな声出さないでちょうだい。」

「親の顔がみたいな。」

「お前らじゃ‼」

再び机を叩いて隆平は目の前で悠長に味噌汁を飲む両親を見ると、深いため息をついて力なく席に座った。
それから額を机にくっ付けると、蚊の鳴くような声で呟いた。

「しまった…朝から無駄な体力を使ってしまった…。今日はいつもより消耗が激しくなるのに…。」

誤算だ…とぶつぶつ呟いているところに双子の妹、紗希がリビングに入ってきた。

「おはよう~、ってあれ。隆ちゃん?」

机に突っ伏してぐったりしている兄に気が付いた紗希は首を傾げた。

「珍しいね、休日に早起きするなんて。お出かけ?」

そう言いながら紗希は隆平の隣に座るといただきます、と手を合わせて味噌汁を口に運んだ。紗希の声に隆平は顔だけ彼女に向けると力なく微笑んでおはよう、と呟いた。

「まぁ、ちょっと、映画を、観に。」

「へぇ、デート?」

その可愛い笑顔に、隆平はピシリと固まった。それから苦虫を噛み潰した様な顔をして否定を口に出そうとすると、何故か父が勢いよく立ち上がり叫んだ。

「隆平!立てぇえ!」

その声にゲンナリしながら隆平がここ数分の間にやつれた顔で、ノロノロとその場に立ち上がると、父は綺麗な平手打ちを隆平に食らわせた。
そのまま隆平が地面へ崩れ落ちると、父は静かに座って朝食の続きを食べ始めながら呟いた。

「良かったな、隆平。」

「良かったわね、隆平。」

「今おれを殴る必要あった!?」

何事もなかったように食事を再開する両親に、隆平はぶたれた頬を押さえ、椅子に掴まりながらよろよろと立ち上がる。
それを見て父がお新香を齧りながら、力強く言い放った。

「気合注入、ファイト一発。」

「なんちゅう親だ!それにデートじゃねえ!」

「じゃあ友達?」

叫んだ隆平に紗希が卵焼きを口に入れながら問う。
その問いに隆平は、グッと出そうになった言葉を飲み込んだ。

友達ではない。否、嘘でも言いたくない。

返す言葉に困っていると、目の前の両親がひそひそと「やっぱり女だ」とい言い合っているのが聞こえて、隆平は怒りながら「男だ!!」と叫んだ。
それを聞いた両親のあからさまにがっかりした顔に、隆平は涙が出そうになる。

「なんだぁ男か。残念。」

ため息をついた父に、おれだって残念だよ、と心の中で呟きながら隆平は白いご飯をかっ込んだ。
この両親は息子のことをなんだと思っているのだろう。
これから危険な目に逢うかも知れないというのに、と隆平は憤る。
しかし罰ゲームで付き合ってる男とその罰ゲームの一環で出かけます、などとは死んでも口にできなかった。
そんな隆平に紗希が笑顔で話しかけてくる。

「私も今日出かけるから途中まで一緒に行こうよ。隆ちゃんどこに何時で待ち合わせ?」

「え~と、確か映画が桜町駅前の映画館だから…。」

それを言いかけて隆平はぴた、とご飯を食べるのを止めた。
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