事件発生

そのなんとも言えない隆平の哀れな姿は、まるで人買いに売られる娘のようだ、と康高は思った。
そして四時間目の和仁の怪しい笑みを思い出して、こういうことかと顔をしかめる。
どうりでそそくさと帰るわけだ。
全てはこの計画の準備のため、というわけだ。

大体の事情は飲み込めたが、どうにも隆平が落ち込み過ぎやしないかと康高は少し屈むと隆平の顔を覗き込む。
大方隆平は間違った知識や様々な情報から最悪の結果を想像して泣いているに違いなかったが、どうもこの少年は「恋人」、「告白」、「デート」などを神聖化している節がある。
そもそもデートというものに対して、隆平は盛大な勘違いをしている。

「いいか隆平。デートというものはな。お互いに好きあっているもの同士が行って、はじめて成立するんだ。」

そう康高が言うと、隆平は黙って顔を上げた。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を見て、「小学生か」と突っ込みを入れることも忘れず、康高は続ける。

「お前らは両思いか?」

「ちがいばず。」

間髪いれずに答えた隆平に、出来るだけ優しく「そうだな」と康高は頷いた。

「それはデートじゃない。ただの映画鑑賞だ。」

そう康高が言うと、一瞬間を置いてからようやく理解したのか、隆平は次第にパァっと顔を明るくして、何やら照れくさそうの頭をかく。

「そ、そうかな。」

「そうだとも。」

「そ、そうだよなあ!!」

断言する康高の言葉に、単純な隆平は完全に調子を取り戻した。
ニコニコとしながら、だよなー実はおれもそうだと思ってたんだよウヘヘ、などと呟いている。
それを眺めながら、隆平に気づかれない様に康高は溜息をつくと、呆れた様にまだ濡れている隆平の顔にティッシュを押し付けた。

「なんというかまぁ、随分と安直なこと。」

「だって恋人とのデートっていや、人生の大事な節目の一つだろ!!それをあんな奴と経験するなんて想像したら涙くらい出るわい!!」

「じゃあいつかできる本当の恋人のために、その理想とやらは大事にとっておくんだな。まぁいつになるか分からん上に、ずっとその日が来ない可能性も否定はできんが。」

「おまぇええええええええええ!!!!!」

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で怒り出す隆平に康高は「汚い」とありったけのティッシュを顔に押し付ける。
それをしゃくりを上げながら取った隆平を見て、康高は苦笑した。

「まぁそんなに心配しなくてもどうにかなる。」

そう言った康高が珍しく優しい笑い方をしているのを見て、嬉しくなった隆平は勢いよく頷いた。

「だよな!!」

そう言って普段通り鼻をかんだ隆平は、顔じゅうに走った激痛にもう一度泣くこととなった。
そして漸く痛みが治まった所で、鼻をかんだ紙くずをゴミ箱に投げ捨てた隆平に康高が問う。

「で、結局どうずるんだ?お前行くのか?」

康高は近くの新刊コーナーを眺めながら、一冊手に取りペラペラと中を捲っていた。
そして、本から目を離さずに隆平に問いかける。

「そりゃ行きたくねーけど、そうもいかないだろ…。罰ゲームって言ってもおれ任意でやってんだから。あぁ~憂鬱。」

そう言いながら隆平は図書室の大きな机に鼻を付けないように突っ伏すと、大きく溜息をついた。

「まぁあの九条大雅がお前相手に変な気を起すとは考えにくい。それだけが救いだな。」

「ありがとよ。」

康高の精一杯の励ましに、隆平は苦笑いをして見せた。
それから少し黙り込むと、本を眺めたままの康高の横顔を眺めて、隆平は口をひらく。

「あのさ。」

呼びかけられ、康高は本から目を離し隆平の方に視線を向けた。

「もしなんかあったら電話していい?」

遠慮がちな質問に、康高は椅子に座る隆平に近づくと、持っていた本で軽く彼を小突く。

「いだっ」

「いちいち聞くな、そんな事。」

隆平が小突かれた額を押さえると、康高は呆れた様に笑って、自分の丁度目線にある頭をグシャグシャと撫でた。

「いつでも連絡しろ。」

それを聞いた隆平がなんとも嬉しそうに笑うものだから康高は少し照れくさくなったのか、また本に視線を戻すと、でもと付け加えた。

「夜八時以降は深夜料金が発生する。」

「そこは友達割にしてくれよ!」

隆平はそう言いながら嬉しそうに、康高の髪を両手でかき混ぜた。
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