罰ゲーム開始



「…」

「いやぁーさすが九条!空気の読める男!」

優勝は言い出しっぺの和仁であった。
有無を言わせぬ完全試合で頂点に輝いた。

やはり権力者には敵わないのか、とガックリと肩を落としたのは他のメンバーだ。
しかし九条が勝負で負けた、というもの珍しさから、屋上は違う意味で盛り上がりを見せていた。

「で、どうする?」

「…。」

おそらくこの状況を予想していなかったのだろう。和仁の問いに答える気にもなれないらしく、九条は怨めしげに己の掌を見つめていた。

すでに他のメンバーにはペナルティーとして、一ヶ月間、和仁の下僕令が出されたばかり(死に値するらしい)だったが、ビリの九条には更に特別なペナルティーが課せられる。

「いや~でもね~これはね~オレなりにも思う所もあるわけだけど~。かと言ってあんまり優しいお題だと雰囲気が盛り下がっちゃうしね~。難しいところだよね~。」

一応お前は威厳ある立場だからね~、と一人楽しそうに悩む和仁を余所に、九条はぐう、と声にならないうめき声をあげながら歯を食いしばる。
己への不甲斐なさと、和仁への殺意、そしてこの結果を回避できなかったことへの深い後悔。様々な感情が九条の胸に去来し、もはや言葉もない。しかしゲームに参加してしまった以上、投げ出すことはできない。
なにより、メンバーの前で言い逃れをするような醜態だけは晒せなかった。
九条はやがて絞り出すように深く長い溜め息をつくと「しかたねえ。」と呟いた。

「好きにしやがれ。」

「いいねえ、潔くて。」

観念した九条を見た和仁は、今にも爆笑したい衝動に駆られながらも、とりあえず九条の往生際の良さを称えた。
さて、あとは罰ゲームの内容を決めるのみとなった。

「さあ、どうしよっかな~迷うなあ。あれもいいし、これもいいし、なにが一番おもしろいかなあ。」

落ち着きなくウロウロと歩き回りながら考えを巡らせる和仁を前に、九条は閉口した。いつになく和仁が浮かれている。やべえ、と直感的に言葉が浮かぶ。
それもそのはずだ。
幼い頃から和仁の愉快犯の餌食になるのは大抵が九条だった。
今になって最恐不良集団のリーダーという大層な肩書きがあるものの、二人の関係は幼い頃から変わらない。
同等の存在であり、悪友。
そして今でも和仁は愉快犯であり、九条はその餌食なのだ。
幼少期からの苦い思い出が九条の頭の中をめぐる。
ろくでもないことばかりだ、と九条が苦虫を嚙み潰したような顔をしていると、ふいに和仁が「九条」と声をかけてきた。

「今お付き合いしている彼女はいる?」

「いねえわ。」

和仁の唐突な問いに、怪訝な顔を見せた九条は「知ってんだろ。」と悪態をつく。
九条が「彼女」と称する相手を作らなくなってから久しい。
理由は面倒くさい、この一言に尽きる。
九条は幼少期から女性からの束縛、執着、嫉妬により幾度となく煮え湯を飲まされてきた。暴力沙汰になったことも数えきれない。
原因は彼の容姿はもちろんのこと、九条の性格にも大きな理由がある。
延々と女性の闇を見続けて心底嫌気が差した九条が到達した答えはこうだ。

「やれりゃいいんだよ。」

そういった理由から、彼が誰かと「付き合う」ということはなかった。

「じゃあ浮気にはなんないね。」

うんうん、と一人で何やら納得して、しばらく腕組みをして考えたあと、和仁はパッと顔を上げると極上の笑みを浮かべた。

「九条、決まったよ。罰ゲーム」

その顔はまるで無邪気な子供のようにキラキラと眩しく輝いて、九条は怪訝な顔をして目を細めた。
まるで悪意のない天使の様な微笑みである。

「九条君には一ヶ月間、オレが決めた子とお付き合いして貰いまぁす。」

前言撤回、こいつはやはり悪魔だ、と九条はスウと目を閉じた。






罰ゲームの内容を発表した和仁は早速九条のお相手を探しに屋上を後にした。その後屋上は九条の放つ不機嫌なオーラで、メンバーがビビりまくったのは言うまでもない。

そして一時間後。
和仁から九条の携帯へ一通の知らせが届いた。

『相手見付かったよ~!!放課後16時半に体育館裏へ行って、そこで待っている子に告白してくださ~い。上手くいくといいね!!(^○^)』

明るい口調と最後の顔文字がなんともムカつくが、今更嫌だといも言えず、九条は腹を括った。


たかだか罰ゲームで一ヶ月。


一ヶ月経ってすぐに捨てるも良し。
それこそ女との相性が良く、相手が依存してくるようだったら適当に遊ぶのもよし。
しかし和仁の決めた相手だ。いとも簡単に懐柔できるような相手だろうか、と嫌な予感が脳裏をよぎる。

(すげえブスだったらやべえな。)

やれりゃいい、と豪語したものの限度はある。
迫られたら殴ってしまうかもしれない。女は殴るとすぐギャーギャーうるせえから、できるだけ殴りたくねーんだよな、と人間として最低な事を考えながら九条は携帯をしまい、立ち上がった。
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