事件発生
デートとは、恋人達が日時や場所を定めて愛を確認するために行う密会のことを言う。
「冗談じゃねぇ。」
ぽつりと呟いた言葉が青い空に吸い込まれる。
デートの約束に、蒼白になりながら屋上を後にした隆平の背中を見送った後、屋上はなんともいえない空気に包まれた。
和仁は約束を取り付けられてニコニコと嬉しそうに笑っているし、九条は理不尽な約束をさせられて最高潮に機嫌が悪かった。
その不穏な空気に耐えられなくなったほとんどの不良達が、何かと用事を言い訳にそそくさと出て行ってしまい、屋上には残った数名がちらほらと見受けられるだけで、ひどく閑散としていた。
「よかったね~祝、初デート!」
隣に座りながら笑う和仁を、九条は思い切り蹴飛ばしてやる。
丁度和仁の腰の辺りに命中し、和仁が間抜けな格好で悶絶する姿を見て、九条は少しだけ気が晴れた。
「すぐ暴力に訴えかけるのやめない!?」
「黙れ!誰のせいだと思ってんだ‼」
「それはジャンケン負けた九条のせいでしょ」
「…」
あいたた…と腰を押さえながら和仁が言ったのを聞いて、九条はグウの音も出ない。
何か言い返せないかと思案したが思い付かなかったらしく、九条は不機嫌な顔をさらに不機嫌そうに歪めた。
「そんなにいやなの?」
ニヤニヤとしながら和仁が尋ねると、九条は淀んだ視線を寄越した。
「じゃあ聞くが…好きでもね奴とデートして喜ぶ男がいんのか。」
「それは人それぞれでしょ~。オレは嫌だけど。」
「…」
答えた和仁の胸倉を、九条は無言で掴みあげた。目が完全に据わっている。
「どうどう。」
「殺す、今殺す。」
「待って待って。いい解決方法があるよ。」
「あぁ?」
既に殴る準備が万端である九条を見ても、和仁は相変わらずヘラヘラと笑っていた。
そして、思いがけない言葉を発したのである。
「そんなに嫌なら、行かなきゃいいんだよ。」
「行かなければ良いだろ、風邪かなんかだと言って。」
「それができりゃあ苦労しねぇよおおお…」
項垂れながら力なく呟く隆平に、康高は憐れみを込めた視線を向けた。
屋上から帰ってきた隆平は、教室に入るなりぐしゃぐしゃの顔で「やずだが~!!!ぎいでぐれ~!!」と泣き喚きながらとてつもない勢いで康高に抱きつき、その衝撃で康高はパソコンの画面に顔をめり込ませた。
そんな二人の様子に、教室のクラスメイト達がサッと青ざめる。
今度は一体どんな厄介ごとを持ってきたのだろうか、とその場に居た全員が思う間もなく、隆平は尚も喚きながら机に弁当を放ると、康高の首根っこを掴んで物凄いスピードで教室を去っていった。
去り際に隆平に引きずられ、ずれた眼鏡を直した康高が「病欠で頼む」と呟いたのを最後に、その次の授業に二人が教室に現れることはなかった。
そして二人が辿り着いたのは不良が滅多に近寄らない図書室だった。
もともと校舎の外れにあって日当たりが悪く、カビ臭いのを理由に人気がない。そんな図書室の合鍵を康高が笑顔で持ってきたのは数カ月前の話だ。
「出所は聞くな」と言った康高の笑顔に、隆平の脳内には「犯罪」の二文字が浮かんだが、とりあえず黙って頷く事にした。
それから、二人で授業をサボるにはいつも合鍵を使っては、ここに入り浸っていた。
康高は半泣きになりながら喚く隆平をどうにか落ち着かせ、椅子に座らせる。
そして混乱した隆平から、康高が断片的に聞き出せた話が、先程無理矢理約束させられたデートの計画だった。
そして冒頭の台詞である。
ほら、とティッシュを手渡され、垂れる鼻水に気が付いた隆平が、いつもの様に鼻をかもうとすると「そっと拭けよ」と、焦った康高の声が聞こえた。
「だって、おれの、デートが…初デートが…。」
隆平の「デート」という概念はやはり妹から借りた少女漫画で、恋人達が経験する甘いひと時であった。
初心者はドギマギと、互いに触れ合う手に頬を染めて、勇気を振り絞って繋いだ手から始まるストーリー。
上級者は家の前まで送りながら、離れる間際抱きよって「今夜は帰りたくない」発言で嬉し恥ずかしの朝帰り。
「それなのに初デートの相手が男で映画で、しかもそこで多分、おれは男として大事なものをきっと奪われ…」
そう言いかけると、隆平は声を詰まらせ、またさめざめと泣き出したのである。