事件発生


「ねぇ、二人って一緒に出掛けたりしないの?」

和仁の言葉に、隆平は口に運ぼうとした卵焼きを落としてしまった。

「はい?」

「だからさぁ、デート。しないの?」

唐突な質問に隆平は間抜けな顔をして聞き返した。勿論驚いたのは隆平ばかりではない。
九条も九条で顔をしかめたまま手に持っていた惣菜パンを握り潰してしまっていた。
そんな二人とは対照的に、ニコニコと笑う和仁を前にした隆平は、ポカンとした顔で思わず首を傾げた。

「あの、デートと言いますのは…」

「恋人達が日時や場所を定めて愛を確認するために行う密会、逢引とも言う。」

「いや、あの、誰と誰が。」

「もちろん、九条と千葉君だよ~」

他に誰がいるの?と笑う和仁に、ですよねぇ、と隆平もつられて笑う。
そして心の中で冗談じゃねぇえええ!!と叫んだ。

しかしここで波風を起すわけにもいかず、隆平は焦る。
傍から見れば隆平自身は罰ゲームとは知らずに九条と付き合っているということになっている。つまり隆平は九条が好きで自分と付き合っていると、周りの不良に思い込ませなければならなかった。
自分は体良く騙されています、という演技を見せなければならなかったのである。

そして隆平が九条の告白を受け入れた時点で、二人は「相思相愛」でいなければならなかった。
勿論不良達は罰ゲームであるということは知っているだろうから、隆平は完全に一人芝居を打たなければならなかった。
不本意だがニコニコとしながら、隆平は指示を仰ぐため九条の方へ顔を向ける。

「うぉ。」

思わず声が出たのは、九条が般若のような顔をしていたからである。
和仁に向かって「余計な事言ってんじゃねぇえええ」と言わんばかりだ。
手に持っている惣菜パンが潰れているのを眺めながら、隆平は無言の圧力に気圧されて笑顔のまま黙って和仁の方に視線を戻す。

「いやぁ~出掛けたいのはやまやまなんですが、お互い忙しくて…」

当たり障りなく誤魔化すしか方法がないと悟った隆平は全身に冷や汗をかきながら、和仁に笑ってみせる。

「そうなの?少なくとも九条は暇に見えるんだけどね~。明日は土曜だしさ、もし出掛けるならこれを二人にプレゼントしようと思って。」

ニコニコしながら和仁が取り出したのは、映画の前売り券二枚。

それを見た他の不良は「なんてベタなんだ…」と呟いたが、当の本人達はそれどころではない。用意周到に準備された小道具に恐怖の色を隠せない。

「さっき知り合いから貰ったんだけどオレ行けないからさ。明日二人で行ってきなよ。」

はい、と手渡されるチケットを目の前に、やっぱりぃいい!!!と隆平は笑顔のまま顔から血の気が無くなっていくのを感じた。
そして言わずもがな。隆平の背中からは見ずとも分かる九条の「断れオーラ」がビシビシと感じられる。その表情はきっと見たことがない程に凶悪なのだろう、と隆平は引き攣る笑顔で蚊の鳴くような声を搾り出した。

「いえ、おれ明日忙しいので…。」

「え?何かあるの?」

「あ~はい、あの、えーと、あ!!友達と約束があって!!」

咄嗟に思いついた事を言ってみたが、隆平の顔を見て和仁はニヤァと笑った。その笑顔にビクっ肩を竦めた隆平は、タジタジと怖気づく。

「そ~んなこと言って…実は九条と出掛けたくないだけだったりしてぇ。」

人の悪い笑みを浮かべた和仁は手の中のチケットをヒラヒラと揺らす。その言葉に口から心臓が出そうな程驚いた隆平は慌てて弁解を口にした。

「いえ!!まさかそんな事は決して!!」

「じゃあ勿論行くよねぇ。」

ひく、と隆平は口を奮わせた。NOとは言えない。
否、言わせて貰えない状況下だ。
その仕打ちに泣きそうになりながら恐る恐る九条を振り返ると、そこには例えようのない程のどす黒いオーラを放った九条大雅の姿。
大変ご立腹の様子である。
そしてギギギ、と涙目の顔を和仁に向けた隆平は、震える手で九条を示した。

「せ、せんぱいのごめいわくでなければ…」

最後の望みを託して隆平は九条が断ってくれる事を期待したが、九条が口を開く間もなく、和仁が明るい笑い声を上げた。

「九条が迷惑なわけないじゃ~ん!!九条は千葉君の事が大好きなんだからぁ~。」

隆平はもう九条の顔を見ることができなかった。
見たら恐らく夢に出る。

「(あぁ、空が青い。雲になりたい。)」

手に取った薄い紙切れが、やけに重く感じるのは間違いではないだろう。

そして隆平は改めて思ったのだ。
この屋上はやはり地獄だ。
仏など一人もいない。

こうして、九条と隆平が付き合いだしてから数日。
初めてのデートが決定したのだった。
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