事件発生
敵意ある視線を容赦なく送られ、隆平は非常にいたたまれない気分になる。
屋上にはこの数日通い続けたが、自分に対する不良の不満は高まるばかりだ。
互いに罰ゲームを続行させることを承諾した当日に屋上を訪れたときは、血走った目で何人かの不良に胸倉を掴まれたりしたが、九条の「やめろ」の一言で何とか収拾がついた。
それ以来、隆平は無言の圧力をただひたすらに受けていた。
今もこうしてドアを開けただけで射殺すほどの殺気が約五十人分も向けられている。実害はない。だがもともと免疫のない隆平には、重い負担だった。
「よぉ~千葉君!!こっちこっち!!」
その負担を軽減してくれるのが、いつも笑顔の和仁である。
屋上の重い空気は何処吹く風で、いつも隆平を歓迎してくれる、ただ一人の男。
「大江先輩。」
彼の顔を見てホッと一息つくと、ようやく隆平は屋上へ足を踏み入れることができた。彼が呼んでくれなければ隆平はその場に立ち尽くすしかない。
不穏な空気を醸し出す不良の間を縫って、九条と和仁の傍に近づくと、隆平は静かに九条に顔を向けて、できる限りの笑顔で挨拶をした。
「ども、こんちは。」
引き攣るような笑みになってしまったが、九条は短く「あぁ」と答えるだけで、気にした様子はない。
隆平の作り笑いは九条の前で未だかつて成功した試しはなかったが、無愛想にするよりは幾分かマシだと隆平は思っていた。
そして挨拶を無事済ませると、九条とつかず離れずの距離に腰を下ろして弁当を広げる。ここから三十分程は、特に九条と話す事もなく、隆平は九条の沈黙と不良の視線に耐えながら針の筵に座る思いで食事をとる。
しかしながらこんな地獄のような場所にも仏はいるもので、九条と隆平の近くには、必ず和仁がいてくれる。
和仁が九条の変わりに様々な話題を振ってくれるので、隆平はあまりのいたたまれなさにフェンスを越えて屋上から飛び降りてしまいたい衝動をなんとか思い留まらせていた。
康高に言われた通り、気は抜きすぎない様に注意はしている。
しかし和仁の話し方がいかにも自然体で、好感が持てるため、自分でも知らないうちに、隆平は和仁に心を許し始めている自分にも気が付いていた。
「体育おつかれ。動いた後って腹が減るよね~。」
「はい、お腹すきました。」
弁当を広げながら言うと、九条が無言でパンの袋を開けているのが目に入った。
我関せず、といった表情にいつもながら苦笑がこぼれる。それに続いて、和仁が甘そうな菓子パンの袋を開けながら笑った。
「わぁ、千葉君の弁当今日も旨そうだねぇ、これ一個ちょーだい。」
これととっかえっこね~、と未開封の菓子パンの袋を手渡すと和仁は隆平の弁当箱から大きなから揚げを一つ摘んだ。
「あ、それは特製からあげ!今日イチの楽しみが!」
非難めいた声を出す隆平の頭をぐしゃぐしゃとかき回すと、和仁はから揚げを口に運んだ。
「んま~!」
「おれのからあげ…!」
ケラケラと笑いながら楽しげに昼食をとる二人を他所に、九条は無言のまま二つ目のパンの袋を開けた。
不良達が憤る原因はこれにもあった。
お前が付き合っているのは九条さんだろうが…!!!
と叫び出したい気持ちで、不良達は二人のやり取りを凝視する。
どこからどう見ても和仁と隆平がカップルだ。
もちろん和仁も隆平もそんなつもりはない。
最初の方は和仁も隆平も九条の様子を窺っていたが、様子を窺うのも馬鹿馬鹿しくなるほど、九条は隆平に対して無関心を貫き通している。
どんなに和仁と話して仲良くしたところで、九条は嫌な顔一つせず、淡々と昼食を取ると、そのまま和仁と隆平の会話をBGMにうたた寝をする。
まぁ当然と言えば当然か、と和仁は苦笑する。
なにせ罰ゲームで嫌々付き合う事になった相手、しかも男だ。
だが、と和仁はパンを齧りながら九条を見据える。
他の子を探そうかと言った際に、九条は確かに「あいつでいい」と言ったのだ。
なんとか九条にこの少年を意識して貰わなければ話にならないのだが、彼から隆平に話しかける事は滅多にない。
また、隆平も隆平だ。
そんな九条を見て、やはり無関心なのはこちらも変わらなかった。
「(この二人をなんとか意識させ合わなければ…!!)」
和仁は使命感に燃えていた。
このままでは面白い事が起きないことを心の底から危惧していた。
そんな和仁は、なんともお節介な決心を胸に口を開いたのだった。