事件発生

隆平が九条から告白され5日が経とうとしていた。

九条も隆平も、つつがなく過ごしている。

なにか特別に変わった事はなく、あると言えば二人が昼を一緒に食べるようになったことと、一緒に帰るようになったことぐらいだ。
そうすることで二人は一応「付き合っている」という名目は守っている。
だが、何にしろ正反対の二人は特に話すような事もなく、必要以上の会話はしない。
ただ傍にいるだけ。

九条は相変わらず偉そうにしているし、とりあえず不良達にはそれなりの牽制をしている。
そして隆平を「おい」とか「お前」と呼び、名前は一切呼ぼうとしない。

また隆平も相変わらず、通常通りのビビりだし、鼻は折れていたし、いつもと変わったところは一つもない。
彼も約束通り、必要以上に九条には関わらないようにしている。
そして「先輩」という固有名詞以外では九条を呼ぶことはない。

そんな二人の関係を誰よりも近くで観察していた和仁は正直不満だった。

「どう思う?やっくん」

「どうもこうもないですよ。」

今は四時間目の体育の時間。
体育館では四グループに分かれてバスケットの試合の最中だ。
体操着で体育館の隅に座り込む康高の横に、なぜか当然のように大江和仁が制服のまま膝を抱えて座っている。
先ほどから審判をしている体育教師が笛を鳴らしながらチラチラとこちらを視線をやるが、声をかけてくる気配はない。

「(わかるよ先生。あんたは間違っていない。)」

康高は思わず遠い目をしてしまう。

一週間前。
一年三組に虎組の総長と参謀が現れ、一人の生徒が拉致され半殺しの目にあい、教師が失神したという話は既に全校中に知れ渡っていた。

だが実際のところ半殺しになったはずの生徒Aは今現在も涼しい顔で点数表を捲っている。

その噂に付け込んでの行為であろう。和仁はなんの悪びれもなく、こうして授業中にやってくる。
和仁は何を思ったのか、あれ以来ことある事に件のニ人のことについて康高へ相談してくるようになった。
登校中、下校中、昼食中。もちろん授業中でも時間は問わない神出鬼没ぶりで、迷惑なことこの上ない。

勿論嫌がらせのつもりなのだろう。
そうでなければ、こちらから宣戦布告した相手にまとわり着くという奇行は康高には理解し難いものだった。
そしてその相談内容も酷いものだ。

「大人しすぎるんだよねぇあの二人。」

「はぁ。」

「オレ的にはさ~お互いのこと気になってそわそわしてほしいわけ~。んでそんな可愛い二人に事件とか起こってほしいわけよ。」

「はぁ。」

「王道なのは彼氏の浮気だよね。それで千葉君が僕の事は遊びだったのね~!ってことになるわけよ。」

「はぁ。」

「でもそれは誤解で、ごめんお前が一番だよ!ほんと?僕も素直になれなくてごめんね!そして重なる二つの影、みたいな。」

「はぁ。」

「なのにあいつら、なんもアクションも起さないの!!あいつら恋愛ナメてるよね!?」

「うるさい。」

放っておこうと生返事を返してきたが、和仁の妄想を頭の中でリアルに想像してしまい、不快に顔を歪めた康高は咄嗟にツッコミを入れてしまった。

「第一、俺に相談しに来るのが間違ってますよ。二人が冷め切った倦怠期中の中年カップルみたいな状況なら俺には願ってもないことですけどね。そのまま何事もなく一ヶ月過ぎて、早く隆平を解放してくださいって感じ。」

康高はそう言うとおもむろに立ち上がり、転がってきたボールをコート内で固まっている生徒達に投げ返してやる。
ボールを受け取るとコート内の生徒はそそくさと試合を再開し、康高とは目も合わせようとしなかった。
こうやって大江和仁と頻繁に話すようになってから康高も同類と見なされるようになっているようで、康高からしてみれば不本意極まりない。

「ちぇ~面白くないの、やっくん。オレから動かないとやっくんは会いに来てもくれないしさ~。」

「そんな自分から厄介事起すようなことはしませんよ。」

「自分からねぇ…」

そう呟くとハッと何か天啓を授かったのかカッと目を見開いた。

「待って…閃いた。」

「はあ。」

康高が本日何回目になるか分からない生返事をして和仁の方へ視線をやると、彼はそれは嬉しそうに満面笑みを浮かべていた。
それを見た康高が思わず「うわ、」と顔を歪ませたが、それには一切構わず、和仁はそそくさと帰り支度を始めた。

「オレちょっと用事を思い出したから帰る!またね!」

そう康高に言ってスキップしながら去ってゆく和仁はこの上なく上機嫌だった。
後ろから康高が「二度と来るな」と毒づいたのにも気が付かず、浮き足立って体育館を後にした。


体育館を後にした和仁は屋上に続く階段を登りながら「なーんだ簡単なことじゃ~ん!」とにこやかに笑んだ。

「やっくんもなかなか良いこと言うじゃない~。そうだよねぇ。」

事件がないなら自ら起せば良いのだ。
ニコニコと笑いながら軽い足取りで階段を登りながら、和仁は早速ケータイを取り出したのだった。
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