宣戦布告

なるほど、と隆平は眉を顰めた。

つまり九条の言い分としてはこうだ。
隆平が虎組から報復を受けないようにするには、他でもない九条本人を盾にする以外に道はない、ということ。

そうすれば九条は罰ゲームを全うできるし、隆平はわが身を守れるというわけだ。
この男は可能な限り譲歩した提案をしているつもりなのだろう。

「それはつまり、おれを相手に罰ゲームを続けたい、ってことですか。」

「本意じゃねぇが、そうなるな。」

「本意じゃねえなら、他を当たれよ。」

表情険しく語気を強めた隆平を見て、九条は僅かに目をそらし、顔をしかめた。
それから居心地が悪そうに頭をかく。

「それで済むならとっくにそうしている。こっちにも事情があるんだよ。」

「だから虎組全体を使って、おれを脅そうってわけか。」

「事実を言ったまでだ。脅してるわけじゃねえ。」

「どうみても脅迫じゃねえか。おれに選択肢なんてねえもんな。」

はぁ、と深いため息を吐いて俯いた隆平を横目でみた九条は「そりゃそうだろ」と独りごちる。
そのために言いたくもない己の醜態を和仁に晒したのだ。お喋り好きの虎組の参謀は、誰よりも九条の失態を喜ぶ。今頃は虎組の末端まで話がついているだろう。
そうやって外堀を埋めておかなければこの「告白相手」を留めておくのは難しい。
そう九条が考えていると、「ま、いっか。」という隆平の言葉が耳に入った。その軽い調子に思わず九条が「は?」と聞き返すと、隆平はマットへ座り直した。

「どの道おれもこのままじゃ終われないって思ってたんで。」

膝に両手を置いて正面を見据える隆平に、九条は思わずその横顔に視線を向けた。
まったく予想外の返答だった。

「おれがどんなに頑張ったってあんた達に勝てるわけがない。多勢に無勢だ。逆らったら、ただただ痛い目をみることになる。」

こんな風に、と隆平は自分の鼻を指さして九条をねめつける。

「どうせ逃げられないなら、もうなりふり構っていられない。どんな手段を尽くしてでも、とりあえずあんただけは絶っっっ対に泣かすって決めたんで。」

そう言い切った隆平に、九条は呆気に取られた。理解が追い付かない。
正直九条は昨日あれほど危害を加えた相手が大人しく自分の隣に収まるとは全く思っていなかった。怯えながら泣いて許しを請うか、昨日のようにキレて暴れるか、どちらかだろうと踏んでいたのだ。
だからとにかく外堀を埋めて言い訳をつけて、この少年が逃げられないように画策した。
それがどうだ。
目の前の少年は泣きも喚きもしない。怒りに任せて暴れることもない。
冷静に、そして淡々と事実を受け入れ、それどころか逆に自ら九条の隣に収まって、宣戦布告を叩きつけてきたのだ。

「………お前…やっぱり周りから危機感ねえって言われんだろ。」

若干憐れみを込めて言い放った九条を無視した隆平は「じゃあ、改めまして」と言いながら立ち上がって、九条の目の前まで来ると手を差し出してきた。

「一か月間よろしくお願いします。」

九条は流されるまま、その手を取った。
骨ばってはいるが、自分と比べるとまるで柔らかく小さな温かい手に密かに驚く間もなく、隆平は勢いよくブンブンと手を上下させたかと思うとパッと手を離した。

その際、ちょうど授業終了の鐘が響く。
そして鐘が鳴り終わると、隆平は夢から覚めた様にハッとした。
みるみると顔が青ざめる。

「やばい!次移動教室だ!もう行きます!」

「じゃ」と隆平が慌てて空き教室を後にしようとすると「待て」と九条がその腕を掴んで制止させる。

怪訝な顔で振り返った隆平に「名前。」と九条が呟く。

「お前のこと、なんて呼べばいい。」

そう尋ねると、隆平は興味無さそうに「ああ」と零した。

「別に『おい』とか『お前』で良いですよ。」

「不便だろうが。」

「だって、どうせ一ヶ月後には何の接点も無くなるんだから覚えても意味ないと思うし。情が移っても嫌だし。だからおれも先輩の名前は呼びません。」

「まぁ…そうだな。」

「それに、あんたに名前を呼ばれても虚しいだけだ。」

淡々と言い切る隆平に、九条が思わず目を見開くと予鈴が鳴った。
それに「ぎゃあああ遅刻だ」と喚いて九条の腕を振り払うと隆平は空き教室から飛び出した。
騒がしい足音が遠ざかるにつれ、途切れ途切れに、何かにぶつかる様な音と、「いで!」だの「ぶぇ!」だの奇声が聞こえたが、やがてそれも聞こえなくなる。

暫くして戻った静寂の中、九条は握手の体制のままポカンとしていたが、静かに溜息をついた。

「…変な奴。」

そう言って、九条は新たな煙草を取り出して口に銜えた。
それからぼんやりと握手した手を眺める。

「名前は呼ばない…。」

眺めていた手のひらを、額に当てる。

「とっくに覚えてんぞ。てめぇの名前なんか。」

そう呟き、遠くで聞こえた本鈴を聞きながら九条は静かに目を瞑った。





つづく
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