宣戦布告
九条はそう言って、ずかずかと教室に入ってくる。
瞬間、教師が丸眼鏡をずらしてヒィっ、と情けない声を出したのを聞いて九条は目を吊り上げた。
その眼光の鋭さに誰もが身動き一つでもしたら殺される、と思った。
そして一段と低い声で九条は教師に詰め寄った。
「生徒を一人、借りたいんすけど。」
教師はほとんど白目を剥いていた。それにストップをかけたのはやはり和仁だった。
「九条~先生イジめちゃ駄目だよ~。」
九条に続いて後ろから和仁が入ってきたのを見て、教師はとうとう卒倒してしまった。
「ほらぁ気絶しちゃった!!」
「…」
とどめを刺したのは間違いなく和仁だった。
訴えるような九条の視線に気が付かないのか、和仁は教室の生徒にどおも~、授業中すいません~、と申し訳なさそうに笑い頭をかきながら教室を一瞥した。
そして窓際で涎を垂らしながら寝ている隆平と、その隣で鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をした康高を見つけて嬉しそうに手を振ったのである。
「あ!いたいた!やっほ~!」
それが自分に向けられているのだと知った康高は、顔をぐしゃあと歪ませた。
そんな康高を完全に無視した九条は、無言で隆平と康高の席の前まで来ると、安らかに眠るだらしない顔の少年を眺める。
「こいつは、いつも顔から何か垂れ流しているな…」
九条は呆れたようにそう呟き、寝ていた隆平の首根っこを掴むと、軽々と持ち上げた。
「おい!」
んん、と隆平がぐずるような声を上げたのを聞いて、康高が思わず立ち上がると、九条は康高の方を振り返る。
「お前、こいつのダチか?」
脇に抱えた隆平を指差して、九条は康高に尋ねた。
訝しげな顔をする康高に、九条は面倒くさそうな顔はしていたが、特に敵意は感じない。
柔軟さが感じられる態度に康高は毒気を抜かれてしまった。
「九条、その眼鏡君が比企康高だよ。通称情報屋のやっくん。千葉君のオトモダチ。」
口を開こうとした康高の変わりに返事をした和仁の言葉に康高は遠慮もなく、思いっきり嫌そうな顔をした。
「やっくんて何だよ…」
小声で悪態をつく康高に、九条は隆平を脇に抱えたまま、無表情で答えた。
「こいつ、借りるぞ。」
「無傷で返してくれるんでしょうね。」
九条の言葉に、康高は隆平の顔をちらりと眺めた。それに気が付いた九条はピクリと眉を動かしたが小さく溜息をついた。
「なにもしねぇよ。」
目を逸らさずに言い放った言葉が、九条の本心であることを読み取った康高は静かに席につく。
それを見た九条は、康高に了承を得たと理解したのか、黙ったまま隆平を抱え教室を後にした。九条の脇に抱えられた隆平が、ドアを出る際、あちこちに身体をぶつけて「ぐぇ」だの「ぶふっ」だの奇怪な声を発していたが、誰も見る勇気は無かった。
遠ざかる足音が聞こえなくなるまで耳を澄ますと、クラス中の生徒がいっぺんに息を吐き出し、張り詰めた緊張状態が少し解けたのを感じる。
「あ~らら。行かせて良かったわけ?」
間延びした声に、再び教室は凍りついた。
完全に傍観を決め込んでいた和仁の存在を、誰もが忘れていた。
「大江先輩は行かないんですか」
遊んでやがる、と康高が呆れた顔をしたのを見て、和仁はニヤニヤと笑った。
「やだなぁ。オレそんな野暮な奴に見える?」
「自覚ないんですか。それはお気の毒です。」
「相変わらず辛口だねえ。」
嬉しそうに笑う和仁を冷めた目でみる康高。教室はまさに冷戦状態。
そんな中に放置された一年三組の生徒達は、この異常な雰囲気に声も出せない。
それに拍車をかけるように、和仁が笑う。
「それで。やっくんの大事なオトモダチは、二日続けて九条に攫われちゃったよ?千葉君、今度はどこが折られて帰ってくるのかなぁ」
屈託無く満面の笑みを浮かべる和仁に、康高の背筋にザワッと冷たいものが走った。
これが和仁の本性だ、と康高は感じた。
人が傷つく姿に極度の喜びを感じる異常者だ。
尻尾出してきやがった、と康高は薄く笑う。
「九条先輩からなにもしない、っていう言質とったんで。それに隆平はああ見えて根性ありますからね。あんまり舐めかかるといつか足元すくわれますよ。」
そう言い返すと、和仁はへぇ。と目を輝かせた。
「オレたちが足元をすくわれる?それも、面白そうだねぇ。」
歪んだ笑みを見せた和仁に、康高は心底嫌な奴だな、と苦い顔をして見せた。
この男にとって九条ですらこのゲームのコマに過ぎないのだ。
「ねぇ、そう思わない?」
感情が読み取れない和仁の笑顔は、康高にはこの上なく不気味なものに見えた。
瞬間、教師が丸眼鏡をずらしてヒィっ、と情けない声を出したのを聞いて九条は目を吊り上げた。
その眼光の鋭さに誰もが身動き一つでもしたら殺される、と思った。
そして一段と低い声で九条は教師に詰め寄った。
「生徒を一人、借りたいんすけど。」
教師はほとんど白目を剥いていた。それにストップをかけたのはやはり和仁だった。
「九条~先生イジめちゃ駄目だよ~。」
九条に続いて後ろから和仁が入ってきたのを見て、教師はとうとう卒倒してしまった。
「ほらぁ気絶しちゃった!!」
「…」
とどめを刺したのは間違いなく和仁だった。
訴えるような九条の視線に気が付かないのか、和仁は教室の生徒にどおも~、授業中すいません~、と申し訳なさそうに笑い頭をかきながら教室を一瞥した。
そして窓際で涎を垂らしながら寝ている隆平と、その隣で鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をした康高を見つけて嬉しそうに手を振ったのである。
「あ!いたいた!やっほ~!」
それが自分に向けられているのだと知った康高は、顔をぐしゃあと歪ませた。
そんな康高を完全に無視した九条は、無言で隆平と康高の席の前まで来ると、安らかに眠るだらしない顔の少年を眺める。
「こいつは、いつも顔から何か垂れ流しているな…」
九条は呆れたようにそう呟き、寝ていた隆平の首根っこを掴むと、軽々と持ち上げた。
「おい!」
んん、と隆平がぐずるような声を上げたのを聞いて、康高が思わず立ち上がると、九条は康高の方を振り返る。
「お前、こいつのダチか?」
脇に抱えた隆平を指差して、九条は康高に尋ねた。
訝しげな顔をする康高に、九条は面倒くさそうな顔はしていたが、特に敵意は感じない。
柔軟さが感じられる態度に康高は毒気を抜かれてしまった。
「九条、その眼鏡君が比企康高だよ。通称情報屋のやっくん。千葉君のオトモダチ。」
口を開こうとした康高の変わりに返事をした和仁の言葉に康高は遠慮もなく、思いっきり嫌そうな顔をした。
「やっくんて何だよ…」
小声で悪態をつく康高に、九条は隆平を脇に抱えたまま、無表情で答えた。
「こいつ、借りるぞ。」
「無傷で返してくれるんでしょうね。」
九条の言葉に、康高は隆平の顔をちらりと眺めた。それに気が付いた九条はピクリと眉を動かしたが小さく溜息をついた。
「なにもしねぇよ。」
目を逸らさずに言い放った言葉が、九条の本心であることを読み取った康高は静かに席につく。
それを見た九条は、康高に了承を得たと理解したのか、黙ったまま隆平を抱え教室を後にした。九条の脇に抱えられた隆平が、ドアを出る際、あちこちに身体をぶつけて「ぐぇ」だの「ぶふっ」だの奇怪な声を発していたが、誰も見る勇気は無かった。
遠ざかる足音が聞こえなくなるまで耳を澄ますと、クラス中の生徒がいっぺんに息を吐き出し、張り詰めた緊張状態が少し解けたのを感じる。
「あ~らら。行かせて良かったわけ?」
間延びした声に、再び教室は凍りついた。
完全に傍観を決め込んでいた和仁の存在を、誰もが忘れていた。
「大江先輩は行かないんですか」
遊んでやがる、と康高が呆れた顔をしたのを見て、和仁はニヤニヤと笑った。
「やだなぁ。オレそんな野暮な奴に見える?」
「自覚ないんですか。それはお気の毒です。」
「相変わらず辛口だねえ。」
嬉しそうに笑う和仁を冷めた目でみる康高。教室はまさに冷戦状態。
そんな中に放置された一年三組の生徒達は、この異常な雰囲気に声も出せない。
それに拍車をかけるように、和仁が笑う。
「それで。やっくんの大事なオトモダチは、二日続けて九条に攫われちゃったよ?千葉君、今度はどこが折られて帰ってくるのかなぁ」
屈託無く満面の笑みを浮かべる和仁に、康高の背筋にザワッと冷たいものが走った。
これが和仁の本性だ、と康高は感じた。
人が傷つく姿に極度の喜びを感じる異常者だ。
尻尾出してきやがった、と康高は薄く笑う。
「九条先輩からなにもしない、っていう言質とったんで。それに隆平はああ見えて根性ありますからね。あんまり舐めかかるといつか足元すくわれますよ。」
そう言い返すと、和仁はへぇ。と目を輝かせた。
「オレたちが足元をすくわれる?それも、面白そうだねぇ。」
歪んだ笑みを見せた和仁に、康高は心底嫌な奴だな、と苦い顔をして見せた。
この男にとって九条ですらこのゲームのコマに過ぎないのだ。
「ねぇ、そう思わない?」
感情が読み取れない和仁の笑顔は、康高にはこの上なく不気味なものに見えた。