罰ゲーム開始



「ジャンケン大会がしたい。」

全ての元凶はこの一言だった。


県立神代北工業高校、通称「北工きたこう」は周辺地域でも一、二を争う不良校である。
校内へ立ち入ったら最後、多人数から理不尽に危害を加えられるような、極めて治安の悪い高校として名を馳せていた。無論、喧嘩や警察沙汰は日常茶飯事で、市の教育委員会からは「教育困難校」という指定を受けている。

そんな無秩序な校内には、いくつかの不良グループが存在している。
その中でも一際悪名高いのが、九条率いる「虎組」である。
喧嘩、恐喝、酒、煙草は日常茶飯事で、法律スレスレの厄介事や揉め事も「明るく!楽しく!」をモットーに遂行する、総勢五十人超の地元でも屈指の不良集団であった。

その虎組のたまり場、北工の屋上で今まさに大ジャンケン大会が催されようとしていたのだ。

「参加する人この指と~~~~まれ!」

赤い髪の少年が、輝くような笑顔で天高く人差し指を突き上げた。
ジャンケン大会発案者、大江おおえ和仁かずひとその人である。

しかしそこに居合わせたメンバーは誰一人としてその提案に乗る者はいなかった。
それどころか、ほとんどの者が無言で和仁から目を逸らした。まるで巻き込まないでほしいとでも言うように、静かに顔を伏せる。
それを見た和仁はさも悲しそうに、眉毛と人差し指をそっと下げると、不満げな声を漏らした。

「ねえ待って、嘘でしょ?無視?無視なの?」

「今度は何企んでんだよ、和仁。」

「うわ、いわれのない風評被害。」

ひどい、と両こぶしを口元に添えてぶりっ子ポーズを披露した和仁に、周囲のメンバーは一様に遠い目をした。
この男が性質の悪い愉快犯であるということは、この集団の誰もが知る所だったからだ。
つい最近も『爆食!カップ麺早食い大会!』と称した催しを行い、参加拒否した九条を「やーい!いくじなし!それでも金玉ついてんのかよ~!」と茶化した結果、彼の逆鱗に触れた和仁は、屋上からロープで吊るされ、痛い目をみている。そしてなぜか大会に参加したメンバーは見事なとばっちりを受け、全員九条に顔と腹を殴られた。その後無事生還した和仁はお揃いのようにぷんと頬を腫らした仲間の顔と、腹を殴られた際に吐き出してしまったカップ麺の残骸を見て、立てなくなるほど爆笑したのだ。
そんな輝かしいサイコパス実績をもつ和仁のことだ、今度もきっとろくでもないことを企んでいるに違いない、というメンバー達の警戒心が働くのも無理はない。

「なんでもいいから、おとなしくしとけって。」

どこからともなくあがった嗜めるような声に、屋上にいるメンバー達が同意する。そんな様子をみながら和仁は「だって暇なんだもん。」と唇を尖らせた。

暇なのは事実だ。

最近は勢力をつけた虎組にちょっかいを出す輩は滅多にいない。
日々喧嘩に明け暮れていた不良達は暇を持て余していた。

「なんも企んでねーって。ただの暇潰しだよ。喧嘩じゃなくてたまには運任せの勝負も楽しいと思わない?誰にでも勝つチャンスがあるんだぜ?悪い話じゃないと思うけどねえ。」

その言葉にピクリと一部のメンバーが反応を示す。
言わずもがな、不良グループは弱肉強食の世界。当然喧嘩の強い者が権力を持つ。

そしてその虎組の頂点に君臨しているのが九条大雅だ。

その強さは驚異的で、いくつもの名立たる不良グループを壊滅させた恐ろしい人物としてその名を轟かせていた。
また喧嘩の立ち回りは無駄がない。類まれなる身体能力を惜しみなく発揮して敵を蹴散らす様は、派手な髪の毛も相まっていつしか獰猛な虎に例えられるようになった。

九条は強い。そして怖い。
これは同じグループに所属する誰もが認める覆しようのない事実だった。

そんな男は今、屋上のフェンスに寄掛かり一人雑誌をめくっている。

そしてその九条の右腕がこの大江和仁だ。

九条の幼馴染みで、いつもヘラヘラと笑っている反面、こちらも喧嘩が強い。その上頭の回転が早く、悪知恵が働く。また幼馴染という立場から、参謀としては唯一九条と対等に話のできる人物として周囲から(色んな意味で)恐れられていた。

この二人にはどう転んでも勝てないメンバーが実力抜きの「運任せ」という言葉に興味が湧かないわけがない。
その証拠に、真面目に和仁の話を聞こうと耳を傾ける輩が一人、二人と現れはじめた。

「ゲームに参加するメリットだけど、単純に優勝者は負けた奴等になんでも命令できる、とかどうよ。負けたなら、オレも九条も例外じゃない。」

人の悪い笑みを浮かべた和仁にメンバーの視線が集まる。
周りに僅かだがどよめきが広がった。

「優勝者にはありとあらゆる特権が与えられる。その命令は絶対に覆せないのである!」

拳を握り熱く語る和仁の言葉に、おお~と歓声が上がる。
それに気をよくした和仁は、瞳を輝かす不良連中に向かって拳を握って見せた。

「勝者は誰にでも命令可能!負けた輩の彼女を要求しても良し、ムカつくあいつを下僕にできるよ!!」

おおお~と、全体から更に歓声が上がった。

ジャンケンに勝つだけで王者になれる。不良達は各々の妄想を繰り広げた。同じメンバー内と言えど、やはり気に食わない奴というのは必ずいるものだ。
もしも「そいつ」より優位に立てるのなら。
先程の引き気味な態度から一転、メンバー達は異様な盛り上がりを見せている。
そこへ駄目押しと言わんばかりに「男なら!」と和仁が声を上げると、そこに居た全員が彼を囲むようにして一斉に立ち上がった。

「嫌いなあいつに勝ちてぇかぁー!!」

「オォー!!」

「権力を振りかざしてぇかー!!」

「オォー!!!!」

「優勝してぇかー!!!」

「オォー!!!!!!!!」

まるで高校生クイズのような熱血さに、もはや全員参加は余儀なくされた。
そしてその騒ぎを傍観し、気が付いたら強制参加が決定した虎組のリーダー九条は空ろな目をして呟いた。

「おい。」

全く参加する気が無かった九条は早速辞退を申し出ようとしたが、その訴えはギラギラと目を輝かせた和仁にあっけなく遮られてしまった。完全にキマッている。

「なんだよ九条!!早速優勝宣言か!?たまには空気を読んで皆に良い思いさせてよ!!ついでにビリになると有無を言わさず罰ゲームだから!」

そう言いながら、早速トーナメントの抽選を始めた和仁に、辞退の申し出はおろか、九条は身の内にふとよぎった嫌な予感すらメンバーの歓声に掻き消されてしまったのだった。



そして一本勝負のトーナメントに強制参加させられた九条は、案の定一回戦敗退となり、ビリ決定戦でめでたく敗北したのである。
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