宣戦布告

康高のパソコンがエラーしたのと同じ頃。
学校のすぐ近くにある住宅街の中を、大江和仁は悠々と歩いていた。
そして住宅街周辺でも一際立派な一軒家のインターホンを押し、返事がないのを確認すると慣れた手付きでドアを開けた。

「九条~!!おはよう~!!」

わが物顔で家に上がると、和仁は当たり前のように大声で叫ぶ。
すると洗面台の奥から歯ブラシを銜えたまま、ダルそうな顔をしている九条が出てきた。

「うるへぇ」

「なんだよ~まだ準備出来てないの?せっかく今日は朝ドラ観ないで迎えに来たのに~」

どっちにしたってこの時間では遅刻確定なので意味がないだろ、と九条は不満げな顔をした和仁を置いて、洗面台に引っ込んだ。

この広い家に九条は両親と姉の四人で暮らしている。
しかし現在は九条の一人暮らしと言っても過言ではない。
両親は海外へ赴任中。一緒に住んでいる姉は大学院の研究員で地方に行ったり来たりする上に、長期で泊り込みの調査をしているため、滅多に帰って来ない。

「おねーさん、今度はどこに行ってんの?」

和仁が尋ねると、ガサガサとゴミ箱を掻き分ける様な音がして、洗面台から丸まった紙が飛んでくると、和仁の頭にぽこんと当たった。
そこには「中世都市、平泉」と銘打った旅行パンフレットと、九条の姉の字とおぼしき手書きのスケジュールが丸まっていた。

「岩手かぁ~。お土産はりんごかなぁ」

そりゃ青森だ。と篭もった声が聞こえる。それに少し笑ってから、和仁はパンフレットを綺麗に畳むと、そういえばねぇ、と話題を変えた。

「昨日のね、千葉君だけどね~。」

狙った様にそう言うと、洗面台の奥から少し間を置いて「あぁ」と返答があった。

「やっぱ病院行ったんだって~」

広い玄関に座り込みながら、和仁は声を張り上げる。
それにあ~、とやる気の無い声が洗面台の奥から返ってきた。水が跳ねるような音がしたので、どうやら口をすすいでいるようだ。

「そんでね、今意識不明の重体なんだって~。」

ブホッ、と洗面所から水を噴出すような音がして、和仁は思わずガッツポーズをしてしまった。

「あっはっはっ!!!うそでしたぁ~」

してやったり、と和仁が笑う間もなく、洗面所から物凄い勢いで石鹸が飛んできて、見事に和仁の額に命中した。

九条の支度が整い、外に出るまで和仁は目に涙を浮かべながらクリティカルヒットした額の痛みと格闘する羽目となった。

「豪速球で人に物を投げるのやめない?しかもケースごと。」

「黙れ」

赤くなった額を擦りながら、家の鍵をかける九条に和仁が文句を垂れる。

「ところでさ。その病院行った千葉君だけど、今日は普通に学校来てるみたいだよ。さっき三浦が廊下で見たって連絡くれた。」

九条はふ~んと興味無さそうに呟くと、スタスタと歩いてゆく。
朝の登校時間はとうに過ぎているので、道は閑散としているが、それでも通り過ぎる人がいれば必ずと言って良いほど九条と和仁を凝視してくる。

ベースの金髪が朝日を浴びて輝き、それに加えて黒髪の部分も光沢を増す。それが端整な顔をより美しく引き立てて、人は無意識に目を奪われる。
同じく日本人離れした鮮やかな赤色の髪が嫌味なほど似合う男が連れ立って歩けば必然的に注目を浴びた。
だが、通りすがりのOLや女子大生がうっとりと眺めて来るのはいつもの事で気にも留めず、2人は飄々と歩いてゆく。

「んで、どうすんの?まだ千葉君と付き合う気なら引止めないと。どんだけ九条が千葉君がよくたって、相手に拒否されたら強制的に新しいお相手になっちゃうよ?とりあえず昨日みたいにお昼にまた呼び出しかけとく?」

「昼?」

怪訝な顔をする九条に、和仁は首を傾げた。

「え?違うの?」

じゃあいつ行くつもりなんだろう、と和仁が思案している間に気が付けば既に校門が目前に迫っていた。
校門に入ると、ふと九条が呟いた。

「昼まで待つ必要はねぇ。」

「うん、そうだね…はい?」

いきなり話し出した九条に、反射的に相槌を打った和仁は、頷いてから少し間をおいて首を傾げて聞き返した。
九条の顔を見ると、いつもと変わらない無愛想な顔をしていた。
彼は眼前に広がる校舎を眺めると、さも当然のように呟いたのである。

「折角こんな早くから来てやったんだ。今連れて行きゃ良い話じゃねぇか。」

「はぁ~仰る通りです。」

人の迷惑を顧みない、俺様九条様が降臨された。
そして九条は苦笑する和仁に構わずに校舎に入ると、迷わず一年生の教室へ向かったのである。
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