女心と学園祭(前編)







「そこに座れ」と康高に低い声で促された隆平と三浦は、思わずお互いの顔を見合わせた。
三浦は口をポカンと開けて、目を見開き仰天している。隆平は顔を伏せて諦めたように笑うと、首を横に振るほかなかった。

放課後16時の夕暮れ時。北工の1年3組の教室内。
神妙な顔をして正座する隆平と三浦を前に、康高は腕を組んで二人を見下ろしていた。
西日がちょうど康高の眼鏡に当たり、キラキラと反射する。
それがチラチラと三浦の顔に当たり、彼は情けなく眉毛をハの字にしながら顔をくしゃ、として見せた。
周囲では、他の生徒達の楽しそうな話声や野次、カンカン、コンコン、と響く木を打ち付けるような音。
そんな賑やかな音が周囲の溢れる中、なぜか異様な緊張感を持って、件の三名は相対していた。

「…お前ら、分かっているとは思うが、今一度確認させてもらおうか。」

「う、うす!」

康高の低い声に、三浦が佇まいを直して返事をした。隣の隆平は目を閉じたまま、微動だにしない。全神経を集中させているようだ。シン…と三人の周りに静寂が訪れる。そのただならぬ気配に三浦がごくりと唾を飲む。彼の汗が額から顎を伝い、床にポタリと落ちたその瞬間だった。康高がスウ、と息を吸い込んだのと同時に隆平の目がカッとひらいた。

「女子校内では?」

「「はしゃぎません!」」

「女子生徒には?」

「「触りません!」」

「話しかけられても?」

「「浮かれません!」」

「紗季に迷惑は?」

「「かけません!」」

「よろしい。」

ぴったりと息の合った掛け合いに、康高が声をかけると、隆平と三浦はほとんど叫ぶように土下座をしながら「ありがとうございました!」と号令した。
それを少し離れた所で見ていた和田は、遠い目をしながら「ええ…こっわ…」と思わず呟いたのだった。


遡ること十数分前。

和田が康高の補佐として任命された翌日から本格的な学園祭の準備が全校で始まった。
「裏」と「表」の二つの学園祭をどう開催するか康高と和田は額を突き合わせて計画を練り始めたが、それだけをするわけにもいかない。
大前提として、「表」の学園祭の準備にも追われ、和田は早速実行委員会補佐に就いた事を後悔し始めていた。とにかく雑務が多い。各催し物の申請書類の受理、精査、差戻、許可に加え、必要な物品や機材の手配や配置、予算の管理などやることが山のようにある。
大体を康高がリスト化しているお陰である程度は管理できているが、それでもやることは山のようにある。
日中は授業を受け、昼休みは虎組連中と「祭り」についての相談、そして放課後は生徒会室にて多用な雑務を請け負いながら、表裏の祭りの進行も詰めてゆかなければならない。
それが火曜、水曜と続き、本日木曜に差し掛かったところで、康高は自分のクラスにも顔を出さなければならない、と言い出した。

「そんな暇ねぇぞ。今日が期限のこの申請書の束見ろよ。」

「移動しながら決裁しましょう。」

「まじかよ。」

そう言い放って生徒会室を出た康高の後を、和田は書類の束とクリップボードを手にして慌てて追いかけた。
康高は宣言通り書類の束に目を通しながら「可、可、可、不可、可、不可、不可。」と選別しながら差戻す書類を和田に渡す。ご丁寧に赤ペンで修正点も書き加えているため、大変分かりやすい。早歩きで1年3組へ向かう康高があっという間に書類の選別を終えてしまったので、和田は感心半分、呆れ半分の心境で半歩前を歩く後輩を見据えた。

「実行委員長もやりながら、クラスの面倒も見てやるなんざ、おめぇもつくづくマメな奴だよなあ。」

「いえ、別に。」

素っ気ない返事に、和田が苦笑すると、廊下の奥から騒々しい笑い声が聞こえてくる。目的地の一年の教室が近い。和田は康高が決裁した書類を器用にまとめると、「じゃあ俺はこっちに行くからな。」と分かれ道で職員室の方を指さした。差戻の書類を至急取りに来るよう、職員室で放送をかけてもらうためだ。

すると康高は和田を振り返り、じ、と彼の顔を見詰めた。

「…なんだよ。」

「いいんですか?」

「何が。」

「1年3組の教室に来なくていいんですか。」

「は?」

言われた言葉が理解できず和田が眉間に皺を寄せると、康高はまるで不可解だ、という表情をしている(ように見えた)。

「なんだ、まだなんかあるなら言えよ。」

そう言った和田の言葉に被さるように、あははは、と楽しそうな笑い声が聞こえ、その声に康高が速足で1年3組にクラスへ直行する。「おい」とその背中に呼びかけて和田が仕方なくその後を追って件のクラスの中へ入ると、窓際に体操服で何やら大きな木の板に色を塗っている小さい影がふたつ。
康高はその二人の方を少し離れた所からジッと眺めている。

「三浦くん、やばいよなにそれ!犬?ほんと!?」

「いいんだ!オレのセンスがそう言っているから!こういうのはちょっと面白い方が女の子受けが良いから!」

そこにはキャッキャッと看板に絵を描く楽しそうなちっちゃいもの倶楽部の姿。その楽しそうな姿を見ている康高を横目に、なるほど、と和田は得心がいった。

「(こいつも大人びて見えて、なんだかんだ心配性だよな。)」

そんな微笑ましい気持ちで康高の方へ視線をやると、彼は和田の視線には目もくれず、ズボンのポケットからケータイを取り出して、楽しそうなちっちゃいもの倶楽部を無言で写真に撮り始めた。
それを見た和田は、あ…と声を漏らした。


愛でに来たんかい、と心の中で一人ツッコミを入れた。

そんな康高に気が付かず、三浦が教室じゅうに響くようなクソデカボイスで隆平に言い放った。

「それにさあ、聖和代で仲良くなった女の子が来るかもしれねえだろ!?すんげえ目立つ看板作って、これオレが描いたんだぜー!!って言いたいもん!」

それを聞いた隆平も、えへへへ!!と物凄く嬉しそうな顔をして鼻の下を伸ばしたところで、冒頭のシーンとなった。


一連の場面を全て目撃した和田は、書類の束を胸に、「軍隊?」と誰にも届かないツッコミを入れる他なかった。
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