杞憂の日
「オレの極秘情報網によると、寺田と九条が生徒指導室に入ったのがちょうど10時過ぎ頃。そこから九条が外に出てくるまでの30分間に事件が起きたらしい。寺田は外傷からおそらく顔面に一発。んで前歯が一本折れてて、そこから出血したみたい。現在は神代中央病院にて診療中。」
「うえ。」
和仁の言葉は、小山の脳内ではかなり痛々しいイメージになったらしい。
彼の表情は金的を喰らったような顔になった。
「対する九条は、少なくとも顔面に一発は貰ってるらしい。ま、こっちは真相が定かじゃねえなあ…本人が証言したわけじゃねえし。」
「当人が行方不明だからな。」
「あー、行方不明ってか、教師陣がただ見付けられないだけっていうか?さっき下駄箱確認して貰ったけど外履きがまだあるらしいから、まだ校内には居るみたいねえ。」
「…。」
「それで気になる処分だけど、生徒指導側から手を上げたっていう点から…」
「ちょっと待て。」
和仁の言葉に違和感を覚えた小山が話を遮り身を乗り出す。
「なんで生徒指導から手をあげたって分かる?」
「いやーん、いい質問だわ、小山くんっ☆」
つーん、と人差し指で和仁におでこを突かれた小山はそれはもうこの上無いほどの殺意を和仁に抱いたが、当の彼はくねくねとシナを作りながら「そ、れ、は、ね~」とリズムをつけながら和田に寄りかかり、当然のように渾身の力でぶん殴られた。
「この一件がまだ警察沙汰になっていないので。」
「…警察?」
「そう。教師が先に手を出しちゃあ当然学校側が不利。九条が先なら、それこそ殴った時点で110番するね。ま、そんなとこを色々考慮して…長引いたとしてもとりあえず九条の処分は停学3日くらいかな~って思うワケ。どう?和田チャン。」
「妥当だわな。」
「でしょでしょ~?とりあえずさ、今日中には実刑判決が出るだろうからオレ達はオレ達で上手く逃げながら生温かく見守るっつー体で~。」
「異議なし。」
「可決~!閉廷~!」
ケータイを弄りだした和田と、キャッ!と言いながら手を上げた和仁を交互に見た小山は、「だから!!」と双方の胸倉を掴んで揺さぶった。
「なんでオレ等まで逃げなきゃいけねぇんだっつー話だよ!!」
「分からないのか。」
「「全然。」」
隆平と三浦の反応を見た康高は深い溜息をついた。
「いいか、もし本当に九条の処分が停学3日で済むとしたら、短いとは思わないか?」
「ああ、まぁ確かに…」
「九条にだけ殴らせておけば奴の実刑はもっと重かった。停学処分なら1週間以上は出たはずだ。だが、今回その判決は下されることはない。」
「…寺田の方が先にキレて九条センパイに手を出しちゃったから?」
「そうだ。最悪九条を殴っていてもそれが後手なら正当防衛と言い訳ができる。だが、先に殴ったのは寺田だ。これがどういう意味かわかるか?」
「…」
「逆になるんだ。つまり九条の正当防衛が認められる。これは教師陣にとっては失策だな。恐らく学園祭前の抑止力にしたかったんだろうが…」
「見せしめにしようとしてたってことか?」
「多分な。教師陣が虎組幹部を探しているのは、九条の道連れを探しているんだろうな。個々の違反を重箱の隅をつつくように洗い出すのか、連帯責任を問うのかは知らんが、期間が短くても、処分される人数が多ければインパクトが大きくなる。
和田と大江が教師に追われたのは多分そういうことだ。…どうだ三浦。少しは理解できたか。」
「…んなことになってたのか。」
「そう、お前がデートだルンルンと鼻の下を伸ばしてる間にな。」
「いや!!だからそれは違っ!!もー!!なんでそういうこと千葉隆平の前で言うんだよ!!」
顔を真っ赤にしてぷりぷりと怒りだした三浦を一蹴しながら、康高はログオフにしていたノートパソコンを起動させる。
それから画面から目を離さないまま、横で二人の会話を黙って聞いていた少年に声をかけた。
「待たせたな隆平。」
「…え」
「俺が聞きたかった聖和代の話も、三浦の聞きたかった九条の事件も大体済んだ。」
「あ、」
「次はお前の番だ。」
「何があった」という康高の質問に、隆平は戸惑ったような表情でわずかに視線を泳がせたあと、言葉なく顔を伏せただけだった。