杞憂の日
康高のガードが隆平に突破され、パソコンが彼の涙と鼻水で汚されたのと同じ頃…
新校舎の渡り廊下の物陰に身を潜めていた小山は大変に気分を害していた。
「いやあ悪いね、小山。」
「…。」
「渡り廊下の脇にこんな場所があるなんて盲点だったぜ。」
「ねぇ~知らなかったよねえ、少し狭いのが難点だけど」
「でもま日当たり良好で1人でフケるにはなかなか悪くねえな。」
「だね~、間違っても男3人で入るとこじゃねぇわ~、と言いつつ和田チャンとさり気なく密着できる幸せ…」
「寄るな触るな上目使いするな!!」
「てめーら出てけ!!今すぐに!!」
「シーっ」
呑気な会話を交わす赤と銀の髪の毛の男。
小山が怒り心頭で叫ぶのと同時に、和仁が口元に人差し指を立ててそれを制した。
途端に、渡り廊下をバタバタと走る不規則な数人の足音が慌ただしく近づいて来て、3人の脇を通り過ぎる。
「大江と和田がこっちに来たようだったが…見当たりませんね…」
「どこかに隠れやがったな…!!」
「とりあえず教室の方も見てみましょう。」
「それでは私は2階の方へ。」
教師の会話が遠のいて行くのを聞きながら、和仁は耳を澄ませて、その音が完全に聞こえなくなると安堵したように息を吐く。
「もお~気を付けてよね、小山~。見つかるとこだったじゃん。」
「誰のせいで…!!」
「何にせよ、もう少しここにいた方が良いな。今うかうか出てったら捕まっちまうわ。ひとまずゆっくりと…。…やべえライター落とした。和仁、火持ってねえか。」
「和田てめー!!当たり前のように一服しようとすんなよ!!」
「んだよ、欲しいなら言えよ。」
「いらねーよクソが!!」
ガッと和田の差し出した煙草を叩き落とした小山は、この2人に対し、もはや怒りを通り越して殺意を覚えるほどだった。
そもそもなぜ、小山お気に入りの隠れ家に珍客が2名侵入してきたのか。
彼と二人の境遇はほぼ、というか全く一緒で、3人は教師の追跡から逃れるために身を隠している。
と、いうのもどうやら教師陣が虎組上層部のメンバーを捜し回っているらしいのだ。
理由は言うまでも無く…
「大体、当事者の九条はどこに行ったんだよ…!!」
「オレ知~らね。一仕事やり終えてどっかで一服してんじゃない?」
「くそ…よりによってこんな時期になんで…!!」
頭を抱える小山に、「図らずも同意見だ」と和田は火元を捜しながら心中で頷いた。
来たる『祭り』に備え、虎組にとっては通常よりもグループ内の結束を確固とすべき大事な時期であるはずだった。
それがどうだ。その起爆剤となるべきの虎組の大将が、生徒指導を病院送りにし、今まさにその責任を問われようとしている。
が、当の九条の姿が見当たらないらしい。
いち早く事件の詳細を耳にした小山は、九条を捜すため校内をウロついていた所を教師に見付かってしまった。
そこで逃走中、彼は止む負えなくこの渡り廊下の脇にある死角に身を隠したのであった。
ここは小山しか知らない場所で、よほどのことが無い限りは見付からない。
しかし教師陣が校内至る所を巡回しているので身動きが取れなくなってしまったのだ。
そこへ赤銀コンビが飛び込んできたのである。
曰く、彼らは追われて勢いのまま渡り廊下へ逃げ込もうとして偶然ここを発見したらしかった。
結果、狭い空間に男3人という暑苦しい構図ができあがってしまったのだ。
勿論自分だけのスペースに、自身が快く思っていない輩に侵入された怒りもあるが、何より小山を苛立たせたのは、この二人の冷静さだ。
「まぁまぁ小山。そんなに心配しないで~九条が何も考えずに行動するなんて今に始まったことじゃないじゃん。第一本人が停学だの退学だので騒ぐ性質じゃねーっしょ。」
和仁の言葉に、結局火元が見付からなかったらしい和田が、くわえていたタバコを諦めて箱に戻しながら呟いた。
「そういや、置いてきちまったが千葉はきちんと教室に行っただろうな…。」
「!!」
千葉、と聞いて小山が肩をビクっと揺らす。
小山が最も嫌悪すべき大変に不愉快な名前である。
「あいつと居たのか…。」
「うん、ちょっとお話しててねえ。ま、途中で邪魔が入ってこの通りですよ。」
「…話…って何。」
「気になる?」
「…は?」
「珍しいねー。小山が千葉君のことに興味を持つなんて。」
「気色悪いこと言うんじゃねぇよテメー‼ぶち殺すぞ‼」
「あ、こりゃ失敬。」
和仁の言葉に小山は途端に心底不快だという表情をした。
彼からしてみれば千葉隆平に興味を持つなど、胸糞が悪いにも程がある表現だ。
不穏な空気を醸し出した小山を前に、和仁は全く怯む様子も見せず、何やら思案してブツブツとつぶやいている。
「まあ小山には関係ねえ話か…直接的には。」
「は?」
「こっちの話。気にすんなって。」
和仁お得意の胡散臭い笑顔を見た小山が苛々としながら「なんなんだよ」と舌打ちを零すと、和田が不意に和仁へ蹴りを入れた。
和仁が笑いながら「ごめんねえ」と謝るのを胡乱な目で見る小山を前に、和田は煙草の代わりに取りだした飴玉を口に放りながら首をコキコキと鳴らした。
「…しかしまあ、なんだ。話は変わるがよくこんな所見付けたよな。人目に触れられねーし、日当たりが良いし丁度良い塩梅だ…いい昼寝場所だぜ…。」
ふあ、と欠伸を零す和田を小山が忌々しげな顔で見ると、和田はすっかりまどろんだ様子で小山に向かって呟いた。
「こんな場所探し当てるなんておめぇ、猫みてぇだな。」
「!!!」
和田の言葉にビクッとして小山が咄嗟に立ち上がった。そんな小山に和仁が驚いた様子で見上げると、彼は顔を真っ赤にしてマジでキレちゃう3秒前だった。
「ちょっと、立ったら見付かっちゃうじゃん、座んなよ小山。」
「うるせえええええ!!!てめー!!もう一度言ってみやがれ、ぶっ殺すぞ!!!」
「え、何、ちょっと、え、オレが悪いの?なんかごめんね、ほら、座って座って。」
落ち着くようラマーズ法を勧めて殴られた和仁に和田がはあーと溜息をつく。
そして座ったは良いが、この上ない負のオーラを発する小山に『触らぬ仏に祟りなし』と和田の方に密着しながら自分達のいるスペースを見渡す。
「いや~でもほんとに良いよね~オレ今度女の子とニャンニャンするのにここ使おう~」
「!!!!!」
再び小山が激昂して立ち上がり、和仁が殴られたのは言うまでもなかった。