暗中飛躍(後編)

瞬間、隆平はポカンとした顔をしてしまった。

それから、改めて三浦の顔、声、言葉を頭の中で反芻させた。

顔が、目が、燃えるように熱くなり、隆平は唇を噛み締めた。

目の前の少年は、いつもと何も変わらない顔で、声で、いつもと同じように隆平に笑いかけた。自分を見据える目は真っ直ぐで、いっぺんの濁りも
ない。

素直で、賑やかで、馬鹿正直で、優しい。

三浦の場違いな明るい笑みに、隆平の目からぼろ、と涙が零れる。


たった一言で、全てが救われたような気がした。


隆平はゴシゴシと勢いよく涙をふく。震える唇を無理やり噛みしめると、三浦に向かってしっかりと頷いてみせた。

それから隆平は深呼吸をすると、三浦が自身にしたように、と自分の頬を思いっきりつねった。

「~~~~っ!!」

その痛みに歯を食いしばる。目が覚めたような気持だった。

誰かが助けに来てくれるのを期待して、それが叶わないと分かった瞬間、奈落の底に落とされた気分だった。
だが、誰かが、ではない。
自ら行動を起こさなくてどうする、と自分を叱咤し、隆平は深呼吸をした。

「(勘違いとか、騙されたとか、そんなんは後でいい、おれが、なんとかするんだ…おれが…!)」

そこまで思って、隆平はハッとした。

自分は一体今まで何をしていたのだろう、と隆平はいよいよ自分の足りない脳味噌を恨んで耳元に手をあてた。

電源をオフにしているイヤホンの存在をようやく思いだしたのであった。









「…外れたな。」

「いいじゃない。おかげで簡単に尻尾を出す連中じゃねぇってことが分かった。」

「くそ…ならもう少し様子を見るべきだったじゃねぇか…無茶だぜ、こんなの…。」

「仕方ないじゃ~ん。総長様のご命令なんだも~ん。」

和仁が珍しく呆れた口調で持っていた熊谷のケータイを放る。それが音を立てて落ち、床を滑ってゆくのを和田は胡散臭そうに眺めた。
その先には、床に伏せってうめき声をあげる数人の男の姿。
北工の中でも中堅だった不良チームのなれの果て。
その真ん中で、青空に揺れる赤い髪と銀色の髪が、太陽の光を受けて風になびいた。

和仁と和田が熊谷のチームを潰したのは、なにも喧嘩を売られてのことではない。
九条の命令。その、たった一言だった。







久しぶりの九条の登場に、和仁が九条に意見を求めたのがそもそもの間違いである。
矛先は南商の情報収集にあたっていた和田に向けられたのだ。

『…確か南商へ、こっち側から情報をタレ込んでる奴がいるって話だったな。そいつらの大体の見当はついたのかよ。』

『…ま、目安はな。代表格は熊谷のチームだ。でもまだ確定したわけじゃねぇし、それに』

『潰して来い。』

和田の答えに、九条は表情を変えずに言い放った。
それを聞いた幹部がギョッとした顔をして一斉に九条を見た。
それもそのはずだ。
和田の収集している情報にはまだ裏付けが足りない。
確証もなく下手に動けば、逆に自分たちの情報を敵側へ漏れてしまう危険もある。
無茶苦茶だ。

和田が「できねぇ」と答えようと口を開きかけると、九条は「和仁。」と続けた。

『宗一郎一人じゃ手に負えねぇ。お前、協力してやれ。』

指名された和仁が九条を見て苦笑した。それは有無を言わせない『命令』。
それに気が付いた和田は、不満を込めて九条を睨みつけたが、九条は全く怯むことはなかった。




「まぁ九条個人の感覚としては反乱分子は早めに消すってのがモットーなんじゃないの?」

「だからってこんなやり方はねぇだろ!北工は疑心暗鬼で仲間の潰しあいをしてるって、相手側に情報をくれてやるようなもんじゃねぇか…!!」

イライラとした和田が怒鳴る。
そう。結局今回、北工の不良集団の中でも中堅の位地を確立しているチームを手に掛けたのだが、情報のやり取りに使用されるであろう、彼らのケータイの中身からは南商や梶原に繋がるような手掛かりは一切出てこなかったのだ。

「なに考えてやがんだ、あの馬鹿は…。」

「さあね。ただ、今回の命令は深く考えてねぇ気がするけど。」

「…どういう意味だよ。」

「熊谷のチームを潰せっつーのは、オレらを昼休みに屋上から追い出すための口実だったってことよん。」

そこまで聞いて、しばらく和仁の顔を胡散臭そうな顔をして見ていたが、ようやく何かに気がつき、和田は「あ」と声をあげた。

弁当を持って引きつって笑う隆平の顔が浮かんだ。

「そういうことかよ…。」

ようやく事態を把握したらしい和田が顔をゆがませる。

「おおかた和田チャンが千葉君に肩入れしてるって、小山あたりが吹き込んだんだろうねぇ。まさかオレまで外されるなんて想定外だったけど…。どうする?きっと今頃和田チャンの腰巾着でノーマークだった春樹が一人で頑張ってるよ。」

「腰巾着…」

「九条が直接手を下すことは無いだろうから実行犯は小山が妥当。今から走って帰れば間に合うかもね。」

「…そうだな。」

応えた和田が、踵を返そうとしたが、周りを見て顔を歪めた。
後ろから覗いた和仁が「あれま」と間抜けな声を出す。
そこには先程床に沈めたはずの熊谷のチームの不良達が、続々と目を覚まし、今度は各々素手ではなく、エモノを手にこちらを睨みつけている姿。

「ダテに北工で中間管理職してないねぇ。オレ北工連中のこういうタフなとこ好き。」

「言ってる場合か。ツメが甘いんじゃねぇか、副総長。」

げんなりした顔をした和田に、和仁が涼しい顔をして「こりゃあ間に合わないかもねぇ」と呟くのを前に、「そうかもな」と和田は相槌を打ち、ボリボリと頭を掻きながら煙草を一本取り出した。

「ただ、九条が高見の見物なら話がはえぇ。」

煙草に火をつけ口にくわえる。

「腰巾着だと、あの馬鹿が…三浦をザコだと思ってんなら小山は相当見る目がねぇぜ。」

フーと煙を吐いた和田はあくどい顔で笑った。
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