暗中飛躍(後編)




それは水面下のできごと。





二つの影は、日当たりの悪い北階段の闇へ溶けるようにその身を投じると、人知れず、だが着実に成果をあげていた。

「まるで忍者みたいだねぇ。」

「はしゃいでんじゃねぇよ。」

暗闇の中、浮かれた声を出した影に、もう一つの影が低い声で叱責を漏らす。
影は神代北工業高校の旧校舎、北階段にその身を隠していた。

虎組の集う新校舎の東階段と違い、旧校舎にある北階段は日中も薄暗い不気味な場所だ。

もともとあったはずの窓は新校舎を建てる際、両校舎に連絡通路を設けるための工事で塞がれてしまった。

明るい連絡通路のある2階、3階への階段の利用はあるが、新校舎ができてから、老朽化した旧校舎の屋上への出入りを禁止したこともあいまって、主要な教室のない4階から屋上までの階段の利用者はほとんど居ない。
すっかり手入れをされなくなってしまった屋上へと続く北階段は、いつしか天井の電球も切れたまま放置され、残った灯りはほんのわずか。
昼夜問わず暗い階段となってしまった。

「こんなところで細々と活動していたのかと思うと健気で泣けてくるねぇ…。」

「その健気で、ささやかな報復しかできないような惨めな残党を作りだしたのは誰だよ…。」

「さあねぇ。少なくともオレは頼んだ覚えはないなぁ。」

ス、と小さな窓に赤く彩られた髪の毛が光った。
北階段に一つだけ残った窓。
それは閉鎖された屋上への扉の窓である。

「…3.4.5…う~ん、やっぱり10人は行かないねぇ…頭の熊谷くまがいを入れて6人か…。」

「残党の寄せ集めで幹部が6人いりゃあ上等だろ。俺らが遊んでる間に育ったじゃねぇか。」

その熊谷と数人の男達が、狭い屋上で何やら話しこんでいる。それを覗いていると、赤い髪のすぐ横で、銀色が鈍い光を放った。

「鍵あった?」

「あった。やっぱ最後の奴が持ってた。最初から出しゃいいのによ。…たく、なんでこんなことになったんだ?」

「オレに文句言わないでよー。全部リーダーの尊いご意見なんだから~。」

「意見…?」

「…失敬。命令だね、ありゃ。」

押し殺したような笑い声が暗闇に響いたが、それに応じる者はいない。

小さな窓から光が差す。
光が照らしたのは、暗い北階段の踊り場に、赤い髪と銀色の髪。

そして、階下に倒れこんだ数十名の少年の姿であった。


全く。どうしてこんなことに。










「千葉隆平!!」

数人に囲まれた三浦が揉みくちゃにさらながら、叫んでいるのが聞こえる。
小柄な三浦が意外と強いのだということを、隆平は冷静な頭で考えていた。
瞬間、腹に激痛が走り、伸びてきた腕に首を絞められる。

「…っ!!」

「おい、ほどほどにしねぇと死んじまうだろ。」

小山の言葉で首にまわっていた腕が緩むと、隆平は膝から床に崩れ落ちた。苦しさのあまり激しく咳き込む。

「この野郎!!なにしてやがる!!!」

隆平への仕打ちに激昂した三浦が、果敢にも小山に向かって猛進してきたが、それは寸でのところで数人の男の阻止されてしまった。

「はーい、春樹くんはこっちねぇ。」

「暴れないでねぇ。めんどくせーから。」

三浦に群がる連中が、口々に彼を罵りながら蹴りを入れているのが分かる。
それを見て隆平は叫びそうになったが、零れるのは荒い息だけで、パクパクと開閉した口は音を発することができない。
ちくしょう、と唇を噛んで、わずかに身じろぐと、先ほど蹴られた腹がズキリと痛んで、隆平は顔を歪めて短く呻いた。

「(くそ、いてぇ…)」

痛みで立ち上がれない。
背中を丸めながら咳き込み、ヒューヒューという自分の喉笛の音を聞きながら、隆平は考えていた。


「(――なんで、こんなことに…。)」

1/13ページ